04「実は伝説の……」

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04「実は伝説の……」

「おー、やってるなー」  クレハとチトセの間で視線をさまよわせていると、どこからか間延びした声が聞こえてきた。フィールドの外に目を向けてみると、今まさに三條学園の校舎から出てくる女性の姿が目に入る。  暢気に手を挙げながらこっちに歩いてくるその人影に、呆れと安心の意味で気が抜けた。 「アヤメさん、随分とのんびりした到着ですね」 「本当ですよ、仮にも引率の先生がそんなことでどうするんです?」  近づいてきた人影に、俺もクレハも気安く文句を言っているが、まあこれは俺たちにとってはあいさつのようなものだ。その証拠に、 「悪いな、お前らには黙っていたが、実は私は重役なんだ」  こうしてまったく悪びれもしない冗談を返してくる。  女性としては高い身長に、どことなく中性的な綺麗さを思わせる顔立ちは、こんな風に軽口をたたいている間でも性別問わず見惚れてしまいそうだ。冗談を言い合える気さくな雰囲気も相まって、男女問わず生徒からの人気が高い。俺とクレハにとっては長い付き合いになる、青江高校の教師だ。 「アヤメさん……、もしかして、あのアヤメ選手!?」  先ほどにもまして目を輝かせたチトセが、興奮気味にそう尋ねると、アヤメさんは「選手はよしてくれ」と苦笑気味に答えた。 「もう現役は引退したんだ。今はどこにでもいる、ただの教師だよ」  謙遜して見せるアヤメさんだが、その態度がチトセの目にはむしろかっこよく映ったようだ。 「で、でも! あのアヤメ選手ですよ!? SC黎明期、競技の確立と発展に大きく貢献した日本人プレイヤー。日本のSCにおいてアヤメ選手以上のプレイヤーは未だ存在しないと言われている、あのっ!!」  何やらめちゃくちゃなスイッチが入ってしまった。いや、確かにアヤメさんの経歴を考えれば、SCに関わるものとして当然の反応なのかもしれない。俺やクレハ、それに三條の生徒たちは、もうアヤメさんがいることに慣れてしまっているからなぁ。 「はっ、もしかして……スポーツ特待もなかった三條学園がSCで全国レベルになったのは……」  期待のこもった目をアヤメさんに向けるチトセだが、アヤメさんは「いや、それは違う」と一瞬で否定した。 「そもそも私は自分の弟子にしかSCは教えないし、弟子は今のところ一人だけだ」 「そ、それって……」  あー、チトセの目が期待と確信に満ちている。でもたぶん思ってるのとは違う答えだと思うんだよなー。 「三條SC部(うち)の部長――絶対王者、ミナトさんですか!?」  ほら出た。絶対勘違いしてると思った。アヤメさんの二度目の「いや、それは違う」を聞きながら、俺は気まずさから明後日の方向を向く。 「今、キミが熱心に教わっていただろう? 私の弟子から」  意地悪な笑みを浮かべたアヤメさんがこちらに視線を向けてくる。それを追うようにして、チトセの視線が刺さった。 「え、シンさん……ですか?」  はぁ、とため息をひとつ。 「俺がアヤメさんの弟子なのがそんなに意外か?」  驚いた様子のチトセにジトっとした目を向けてやると、チトセは顔の前で両手をぶんぶん振り、「いえいえいえいえいえいえそんなそんな」とめっちゃ慌てた様子で否定を繰り返した。 「シンさんがすごいSCプレイヤーだっていうのは見ていればわかりますし……。でも、シンさんとクレハさんのいる青江高校って、SC部は無いんですよね?」 「ま、そうだな。だからこうして、時々三條の練習に混ぜてもらってる」  SC部のない青江高校では個人練習は出来ても実践的な練習はできない。無論アヤメさんから直接SCを教われる分、個人練習でもかなりレベルの高いものにはなっているのだろうが、それだけでは限界がある。そのため、アヤメさんが月に一度の合同練習を三條のSC部にお願いしてくれたのだ。 「私はもともと、誰にもSCを教えるつもりはなかったからな」 「え、そうだったんですか?」  さらっと明かされた新事実に思わず聞き返す。 「言ってなかったか? まあ、その弟子が今や、絶対王者の唯一のライバルなんだから、師匠である私も鼻が高いよ」  すぐに話題を変えられたが、でもアヤメさんに褒められるというのはなんというか、悪くないものだ。自然と口元が緩んでしまう。 「向こうも俺のことをライバルだと思ってるかは、わからないけどね」  半分照れ隠しのつもりでそんなことを言うと、「心にもないことを言うな、こいつめ」とアヤメさんに脇腹を肘でつつかれた。 「教え方もすごくわかりやすかったですし、やっぱりシンさんもすごい選手だったんですね……。私の練習に付き合ってもらう前にやってた練習試合も、すごい圧勝でしたし」  アヤメさんの言葉に乗るようにしてチトセまで誉め言葉を浴びせてくる。いや、悪い気はしないんだが、それでも、やっぱりあの練習試合を褒められてもあまりうれしくはないな。 「あれは本当に相手が弱すぎただけだ」  思い返してもため息が出る。最小強度なんて最初から頭にない、効率の悪い魔法の使い方に、持ち味を活かしきれない拙い技術。  力押しをするにしても、最低限の技術は必要だ。自分の得意な試合展開に持っていくための技術が。あの選手にはそれが足りない。自分より技術的に劣っている相手としか戦ったことがない、そんな印象を受けた。 「いや、だから彼は去年の全中ベスト4だって……」 「わかってる、たぶん勢いに任せた試合展開をしたんだろうな。一度戦っただけでよくわかったよ。中学高校の大会だとたまにあるんだ。雰囲気にのまれて実力を出せない奴と、その逆。雰囲気さえ作れれば、それに乗って実力以上の結果を残す奴が」 「実力、ねぇ」  思ったことをそのまま口に出していると、アヤメさんが何やら意味深につぶやいた。アヤメさんがこういった態度をとるのはそれほど珍しいことではないが、その声音になにか含むものがあるような気がして、すこし警戒してしまう。  思わずじっと見つめていると、こちらの視線に気づいたアヤメさんがにやりと笑った。 「知った風な口を利くじゃないか。どれ、それなら私にも見せてもらおうか。日々の練習の成果というやつを。幸い、お前にしごいてもらいたいってやつは山ほどいるからな」  そう言って、奥のフィールドを顎で指す。そこには三條のSC部員たちが列をなして待っていた。  アヤメさんが本心で何を考えていたのかはわからないが、そう挑発されては弟子としてやる気を出さないわけにはいかない。これ見よがしにストレッチをしながら、練習相手が待つフィールドへ向けて歩き出す。 「望むところですよ、チトセに教えてる時から体がうずうずしてたんだ。誰が相手でも、大歓迎」  まあ強い相手に越したことはないけど、と心の中で付け加える。  そう、もっと強い奴と練習がしたい。けれどそれは叶わぬ願いだ。  三條のレベルは全国区。それも並大抵じゃない。インハイで優勝するよりも三條でトップになるほうが難しい、そんな風に言われているほどだ。  そのうえで。俺は三條との練習試合が物足りない。まったく練習にならないとは言わない。でも、足りないんだ。俺がSCに求めるものを、この学校の生徒は満たしてくれない。ただ一人、俺が一度も勝ったことのない、あの選手を除いては。 「あぁ、そうそう。ミナトは今日も専属コーチと練習だそうだ。さすがは現役最強高校生、卒業すれば、すぐにでもプロデビューだろうな」  背中にかかるのは、俺の考えを読んだようなアヤメさんの声。 「プロ……か」  思わず言葉が漏れた。それを耳ざとく聞き取ったアヤメさんは「気になるか?」と面白そうに問いかけてくる。  一度だけ立ち止まって、後ろを振り返った。 「別に、気にしてないよ」
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