09「練習開始」

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09「練習開始」

「ダメだ、あと〇・五秒は短くしないと使い物にならん。もう一度!」 「はいっ!」  ピンと張りつめた厳しい声に、凛とした声が応える。  初心者でありながら魔法の特訓についてこられるのは、さすが長年SCの練習を見続けてきただけのことはある、というべきなのか。それとも、ついてこられるぎりぎりのラインを見極めている指導者が優秀なのか。  どちらにしろ、目の前で行われている練習は、魔法に目覚めて一週間の人間がやるには、いささか以上にハードなものだった。 「今まで何を見てきた、そんなんじゃシンの前には立てんぞ!」 「はいっ……て、今その話はいいですから!」 「ごちゃごちゃ言うな! もう十回追加!」  そう言い、アヤメさんはホイッスルを吹く。ピッと鋭い音が鳴るたびに、クレハが右手に防御魔法を展開する。その速度は……およそ一・五秒と言ったところか。初心者としては驚異的な優秀さだが、まだ試合に出られる段階ではない。三條の新入部員、チトセと大体同じくらいか。彼女も成長は速いほうだったが、魔法に目覚めてからの日数を考えると、クレハの異常さが目に見えてわかるな……。 「というか、なんでそんなに急いでるんだ……?」  クレハとの模擬戦から一週間が経った。当然、クレハは魔法に目覚めた翌日からアヤメさんのもとでSCをはじめ、見る見るうちにその実力を伸ばしている。一般的に考えれば目を見張るほどの成長だと言っていいだろう。  魔法に目覚めた人間は国への登録が義務づけられている。一時的とはいえ、常人を超える身体能力を持てるのだから、危機管理の面で言えば当然だろう。そしてその登録と同時に、魔法についての特別講習が行われるのだが、クレハの場合それはほぼ免除されている。  アヤメさんによるSCの指導がその理由だ。教師であるアヤメさんは魔法講習に関する許可証を持っているので、その指導があれば特別講習を受ける必要もないのだ。そしてクレハがどれだけ魔法に精通しているかはアヤメさんも知るところなので、もう即日で魔法使用の許可が下り、こうしてSCの練習に励んでいるわけだった。 「ふむ、いいところ一・三秒か。少しは短くなったが、まだ安定発動には程遠いな……。シン、一度手本を見せてやれ」 「は?」 「いくぞ」  状況を飲み込めないままにアヤメさんがホイッスルを鳴らす。今までさんざん聞いた甲高い音に、体が勝手に反応して右腕に防御魔法をまとった。 「……おい、〇・六秒もかかってるぞ。手足なら〇・三秒、背後でも〇・五秒が世界ランカーの平均だと忘れたのか?」  妙な迫力を伴いながらにらみを利かせるアヤメさんに、思わず「い、いや、ちょっと」とたじろいでしまう。いきなり俺に振ってくるからだろうと思ったが、それを言えば「試合の多くは不意打ちが基本だ」と返されるにきまってる。 「すみません、油断しました」  なので、ここは素直に謝っておくのが吉だ。しかしアヤメさん、クレハが魔法に目覚めてから随分と張り切っている。けどそれも、クレハの成長速度を考えれば当然なのかもしれない。  まず、目覚めて一週間で魔法を安定して発動できる。これだけでも異常だ。防御魔法は身体強化に並ぶ基本的な魔法で、習得はさほど難しくない。それでも完全にマスターするには一か月は欲しい。それに、発動にかかる時間を短くするとなると、話はもっと違ってくる。防御のイメージ、魔法の構成、そして魔法の強度。これらがそろって初めて魔法は安定発動する。初心者であれば発動に五秒は欲しいところだ。それを一~二秒程度にまで短くするには、普通であれば数か月の訓練が必要だ。それをこいつは……。  考えている間にも繰り返されるホイッスルの音、そして魔法の発動。おっと、今のは一秒を切ったかもしれない。アヤメさんも、その表情に驚きと嬉しさの両方を刻んでいる。 「よし、次のメニューに移ろう。身体強化だ。すこしだけ実践的に行くぞ」 「は、はいっ!」  これ以上の実践的なメニュー?  さすがに負担が大きすぎやしないだろうか。それに身体強化は、実際に自分の筋肉を動かす以上、故障のリスクも段違いだ。徐々に慣らしていくのが普通だ。ただでさえ魔法は肉体的にも精神的にも負担が大きい。 「何やら不満気だな、シン」 「っすみません。でも、さすがにペースが速すぎるんじゃ?」  不満が顔に出ていたようで、アヤメさんに突っ込まれる。が、いい機会だ。何を考えてここまで厳しい練習を与えているのか、その真意を知りたかった。 「速いくらいがちょうどいい、と私は思う。クレハの素質はお前も見ての通りだ。まず詰め込むべき魔法の知識という土台が、クレハの場合、完全以上に出来ている。それに加えて魔法そのものの呑み込みも早い。それにな」  アヤメさんはそこでいったん言葉を区切り、少しだけその声を潜めた。クレハ本人には聞かれたくないのかと思い、俺もアヤメさんの口元へ耳を寄せる。が、そんな心配は杞憂だった。  単純に照れ臭かったのだ。アヤメさん自身、クレハのことは相当心配していたのだろう。だからそんな心の内を、教え子に直接聞かれるわけにはいかなかったんだ。 「あの子がどれだけ今日という日を待ち望んでいたか、お前にならわかるだろう?」  耳元でつぶやかれたその言葉に、俺は「そうですね」と頷くしかなかった。 「アヤメさん、準備できました!」  俺たちがそんな言葉を交わしているなんて思ってもいないのだろう、クレハが練習再開を呼びかける。アヤメさんはチラと俺に視線を向けて、その口元にほんの少しの笑みを浮かべた。それだけで、なにを言いたいのかなんとなく理解できてしまう。  ――昔のお前を見ているようだよ。  まあ、俺も人のことは言えないかもしれないな。  さっきからクレハの練習を見て。初めてSCを見た、あの時と同じ体の疼きを、抑えられそうにない。
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