127人が本棚に入れています
本棚に追加
/276ページ
それから二人で家のことをし、私は兄と一緒に昼ご飯を作った。兄は見ていて手際が良かった。
「お兄さん、よく自炊してるの?」
「時々ね。外食も飽きるから。」
「その…作ってくれる彼女はいないの?」
兄が家を出てからそういう話をしたことがなかった。
「今は…いない。」
兄はボソッと言った。
「そ、そう。」
「澪は?彼氏はいるの?葬式にはそれっぽい人は来なかったけど。」
「いないよ。私、彼氏はまだいたことがない。」
「そうか。」兄は少し意外そうに言った。
午後は買い物に出掛けた。スーパーやホームセンターなど所用を済ませただけだったが、私は兄とこうやって出掛けるのも何年か振りだったので新鮮だった。兄は帰省した時も友達に会いに出掛けることが多く、大して家にいなかったからだ。
夜ご飯は楽しようということになり、買ってきたもので済ませることにした。
食べながら私は朝、兄が言ったことを思い出して聞いてみた。
「お兄さん、朝一旦は院に戻るって、夏にまた帰省するからそう言ったの?」
「…いや、俺、院をやめる。退学するよ。」
「えっ」
私は固まった。
「来月この市の公務員試験があるんだ。それを受けて合格したら来年の四月からここから働きに行くよ。」
「ど、どうして?金銭的なこと?」
「そうだな。余裕がないのに俺が院に行く必要はないから。」
「だったら私が大学を辞めるよ。」
「それは駄目だ。」兄は強い口調で言った。
「もう、決めたんだ。教授にも話したし、試験の願書も出した。澪は、出来たら奨学金を申請して大学には通い続けて欲しい。」
「で、でも、お兄さん…」
「これは友明叔父さんとも相談して決めたんだ。俺は建築の仕事がしたかったから、公務員でも市の土木事務所の採用試験を受ける。全然畑違いではないからいいよ。」
「で、でもお兄さんばかりに負担は…」
「澪も大学に通いながら家事もしないといけないし、悪いけどバイトも増やしてもらわないといけない。負担はあるよ。だから一緒だ。」
兄の決意は固そうだった。私がこれ以上言っても覆りそうはなかった。
「院を辞めたら公務員の試験前にはここに戻ってくる。もし不合格でもここで別の就職口を探すよ。」
「なら、私はこの家で独りで生活するよ。」
「叔父さんの所に行かなくていいのか?」
「うん。大丈夫。」
「そうか。わかった。連絡は頻繁にするし、休みには何とか帰ってくるから。」
「お兄さん無理しないで。」
「無理じゃないよ。澪の為だ。」兄は微笑んで言った。
私は申し訳ない気持ちで一杯になった。
最初のコメントを投稿しよう!