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「あ、あの…私…覚えていなくて…」
私はかろうじてそう呟いた。
「え?」
お医者さんも、看護師さんも、助けてくれた彼も唖然とした。
「君、名前がわからないのか?」
「…はい…」
「ちょっと待って、誕生日は?」
「…わかりません…」
「家族は?」
「わかりません…思い出せません…」
「どうして船に乗っていたのかも?」
「はい…」
お医者さんと看護師さんは、顔を見合わせた。
「ち、ちょっと待ってて、別の先生を呼んでくるから。」
そう言って二人はバタバタ病室を出て行った。
私は起き上がったまま、茫然としていた。
どうして、私、何も思い出せないの?
「えっあんた、本当に思い出せねえの?」
見ると彼がベットに腰掛けたまま、途方にくれた様子でこっちを見ていた。
「はい…霧がかかったみたいに…」
私は彼に返事をした。
「あんた、昨夜○○島に渡る船の最終便に乗ってたんだよ。」
「そうなんですか?」
彼は話を続けた。
「最終便だったから、乗客も数えるぐらいしかいなくて。俺、あんたの近くに座ってたんだ。あんた、待合室の時から妙に暗い顔をしてたからちょっと気になって…。
そうしたら、急にフラっと客室から出ていって。最初はトイレに行ったのかと思ったけど、ちっとも戻ってこねえし座席をよく見たらあんたの荷物が置きっぱなしになっているから、これはおかしいなって思って後を追ったんだ。」
「そ、そうなんですか…」
「そうしたらあんたは船の甲板に出ていて、手すりに身を乗り出していたんだよ。
俺が慌てて止めようとしたけど、振り切って飛び込んでしまったんだ。だから、俺もそのまま後を追って飛び込んで助けたんだよ。
そうしたら他の乗客も騒ぎに気付いてくれて、操縦士の人たちに知らせてくれたんだ。
そして船が一旦停まった後、船にいる人たちで俺とあんたを引き上げた。そして船を引き返して内地に戻ってくれたんだ。」
「じゃあ…この病院は…」
「その後呼んでもらった救急車で一番近くの総合病院に運ばれた。
あんたはずっと意識がなかったけど、俺は意識もあったし、大丈夫だった。
でも念のために一緒に入院になったんだ。今はその次の日の昼過ぎだよ。」
私はその話を聞いてまじまじと彼を見つめてしまった。
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