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そのお医者さんは、初めに診察をしてくれたお医者さんの質問とあまり変わらなかった。
私は自分のことを全く答えられなかった。
お医者さんは、葛西さんにも尋ねたが主に私が海に飛び込んだ時の様子を聞いていた。
お医者さんは手鏡を持っていた。
「ちょっと自分の顔を映して見てくれる。」
私は鏡に顔を映した。
確かに葛西さんが言った通り私も二十代そこそこに見えた。でも何となく今もそうだが暗い表情をずっとしていた様に思えた。
「自分の顔を見て何か思い出せない?」
「…すみません…何も…」
「そうか…」
お医者さんは私の顔を見て言った。
「…どうやら、あなたは一過性の記憶喪失になっているようだね。」
「記憶喪失…」
私はピンとこなかった。記憶喪失という言葉はドラマや漫画でしか聞いたことがなかった。
「自分を消し去りたいという思いが強くて、自分や家族のことの記憶を忘れさせてるんだ。海に飛び込んだショックが引き金になってね。だから他の常識的なことには答えられるでしょう。」
そういえば…そうかも。
「ただ一過性のものだと思うから、また何かの拍子に思い出すことは十分ありえるよ。だから自分の顔を見たらひょっとして思い出さないかなと思ったんだけど、ちょっと無理だったね。」
お医者さんは苦笑した。
「君の身体自体は大きな外傷もないんだけど、ここの病院に運ばれた理由が理由だから、診察も終わったし今から病棟を移動してもう少し入院してもらわないといけないんだ。」
「はい…」
「入院している間に思い出せばいいけど、駄目なら行政に連絡して対応してもらうしかないな…」
「はい…」
「じゃあ移動先の病室の準備ができたら、看護師が案内にくるから少し待っていてね。」
「はい…」
私は「はい」と返事するしかなかった。
お医者さんたちは、病室を出て行った。
記憶喪失…私が…
私は茫然としてしまった。
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