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残念なことに、彼は意識を俺から花に移しはしなかった。視線を花に向けることはあっても、俺が離れたら彼は瞬時に気が付くだろう。隙が微塵も感じられない。
質問に答える義理などないのに、答えてしまった少し前の自分を恨む。会話を交わさず無視をして、相手を不快にさせれば離れてくれたかもしれなかった。
分からない問題に直面したときのように無言を決め込もうかと思ったが、穏やかな笑みを浮かべながらジッと見つめてくる彼の視線に耐えきれず、口が勝手に動いた。
「平和な学校がいいです。カツアゲとか、イジメとか、盗難とか、体罰とかがない……」
「他には?」
「……」
「他にもあるだろう?」
彼は、何故知っているのだろう。
俺が高校に行く気がないことも、何故知っているのだろう。
直感が冴えているのだろうか。人の心が読めるのだろうか。それとも、本物のストーカーなのだろうか。
「……ほどほどに賢い、偏差値が中の上くらいの学校。ついていける分かりやすい授業を受けて、テスト前に少し頑張って、良くもない悪くもない点数を取りたい」
「うん」
「スクールカーストみたいな目立つタイプにはなりたくないけど、普通に人から頼られたい。俺自身も、困ったときは誰かに頼って、助けられたい。普通に行事を過ごしてそこそこ活躍して、思い出を作りたい。つまり、一言で言うなら不満に感じる嫌なことが一切ない学校──って、全部個人の問題か」
どういう学校なら通いたいのかという質問の答えには不適切だ。どこの学校であろうと、個人の問題を解決することは出来ないのだから。
「いいよ。気にせず続けて。君がどういう学校に通いたいのか、君がどういう学校生活を送りたいのか、聞かせてほしい」
彼は、何を考えているのだろう。
俺には分からなかった。
彼が意味の分からないことをぼやく、不審者にしか見えない。あまり恐怖を感じない、不思議と嫌な感じがしない不審者。
「もうありません。最後にひとくくりに纏めました。不満に感じる嫌なことが一切ない学校です」
そんな学校が存在しないことは、根拠など無くとも分かりきっているし、正しいと自信が持てる。
自分のことは自分が一番よく知っている。
俺が学校に対して不満を抱かないことなどないのだ。
「……そっ……か」
子供の夢物語を聞いた彼から、呆れた様子は一切感じられない。先程の笑みとは違い、何かを企むように口角を上げる。
そのとき彼は少しばかり下を向いた。前髪が下がり、目が見えず、彼の表情が正しく見てとれない。
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