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「俺の希絶高校では、マリーゴールドが沢山咲いているんだ。ほんの少し見渡せば見えるほどにマリーゴールドしかいない。どうだ? 興味は湧かないか?」
「花目当てに学校へは通いませんよ」
「だよなぁ。当然だ。分かった……」
彼は、顔を上げた。
再び俺に、視線を合わせた。
「君がそのように過ごせるよう、俺がサポートをしよう。だから、希絶高校に入学してほしい」
彼は、続けた。
「オレには君が必要なんだ。オレがしたくても出来ないことを、君ならきっと代わりにしてくれる」
意味の分からない言葉を、彼は並べた。
「何で……アンタは出来ないの……?」
何を根拠に、俺なら出来ると思っているのだろう。そもそも、何が出来なくて、何をオレなら出来ると思っているのだろう。
「オレが生徒を守る教師だから。君は花菱ソウだから、出来るんだ」
だから、何が。
たった一言を聞くだけなのに、口から出てこない。まるで……聞いてはいけないことだと見えない何かに金縛りにされているようだ。
彼は本当に人間なのだろうか。
人間の形をした、別の何かではないだろうか。
はたまた目に見えない、人間ではない何かが彼に憑いているのではないか。
不思議な感覚に対し、非現実な出来事を考えることがしっくりと来る。
彼の一つ一つの動作が、真似事ではない本物の催眠術をかけるような意味深な物に見えてしまう。差しのべられた手ひとつですら、取れと心に訴えかける何かに見えた。
「カツアゲも、盗難も、イジメも、体罰もない学校生活を保証する。勉学に困ることがないよう助けてあげる。学校生活で不満も不自由も何一つない環境を用意すると約束する。これらが守られていないと少しでも君が感じたのなら、そのときは──」
決定打だった。
興味を引かれ、試してやろうという遊び心が芽生えた瞬間。
こんなことで学校を選ぶのはどうかと思うが、もとより行く予定などなかった場所だ。動機はなんであれ構わないだろう。
なんてことのないように軽く言った彼の言葉を、三年経った今でも覚えている。一日たりとて忘れたことはない。
笑顔を貼りつけて、彼は言った。
「学校を殺す権利を君にあげる」
差しのべられた彼の手を心で取る、とても怖い呪文だった。
正常な人間ならば「どのように」「どうやって」、一目散に言葉を並べる。怪しいと感じる理解し難い一言。
それに対し俺は、第三者が聞いていれば同じく理解し難いと思える言葉で返した。
「……アンタの名前は?」
彼は答えてくれた。
それは、俺が想像していた通りの名前だった。
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