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自分のことは自分が一番よく分かっている。俺は不満を求めずにはいられないのだ。何かにケチを付けて、不満を探し、それを改善させ理想を求める。
理想が叶えば、また新たな不満を求める。
心からの不満ではない。何でもいい。何かにケチを付けて、不満にしたい。
彼が約束を破ったかどうか、俺は三年間、常に粗を探していた。
見つからなかった。
けれど、思い出した。
「アンタは嘘をついた」
あの日、彼は俺に言った。
「マリーゴールドが沢山咲いている、ほんの少し見渡せば見えるほどにマリーゴールドしかいないと言っていたのに……マリーゴールドなんて、どこにも咲いていないじゃないか」
食料や水のように、無いと耐えられないことはない。耐えられないほど好きという わけではない。無くてもいい。
ただ、なんでもいいからこの男に文句を付けて、この男が約束をやぶったのだと肯定したい。
我ながらとんでもない生徒だと思う。
表面から堂々ととんでもなさを表している他の生徒の方がずっとマシだ。これではただのクレーマー。説教されてもおかしくない。
だけど俺は心のどこかで気付いていた。
彼は俺にこう言って欲しいのだと。
俺から不満を聞くために、ここで待っていたのだと。
彼から教師らしい対応が始まる気配は感じない。
待ちわびていた。ようやく言ってくれた。そう見てとれる、微笑みだ。
長い時間縛り付けられた何かから、ようやく解放されたかのような声で、彼は言った。
「嘘なんてついていないよ。この学校には、マリーゴールドが沢山居る。君が見えていなかっただけだ」
彼は足を前へと進めた。
下が見える、少し怖い、屋上の端の方へ。
彼はそこからグラウンドの方向を眺め、振り返らずに俺への言葉を続ける。
「でも君の不満の一つになってしまったことに変わりはない。約束は約束だ。この学校を殺す権利を君にあげよう。このどうしようもない学校を殺す……俺に与えられた権利を、君に」
粗を探していた。
改善点を見つけ、改善してもらい自分の理想を目指す。
さして不満でなくとも、それを指すことで完璧ではないと示した。
しかしどれだけ理想を追求しても満たされることはなく、粗は永遠に見つかり続けた。
彼は気付いていたのだ。俺は永久的に粗捜しをし、様々な理由を付けて粗ということにすると。
だから俺を選んだ。
確実に学校を殺すために。学校を殺す口実がアンタは欲しかった。
自分は殺せないから。殺したくないから。代わりに殺してくれる存在を、アンタは求めた。
──なあ、ハナビシソウ先生?
マリーゴールドと相対する者……俺にとっては、アンタがマリーゴールドだよ。
「卒業おめでとう。これから沢山のマリーゴールドが見えるよ」
大きな風が吹いた。
腕で目を覆った。
覆いながらも、目を開けた。
沢山のマリーゴールドが下から上へと舞い上がる。
屋上よりも高く、高く。
遠くへと飛んで行く。
直ぐに下のグラウンドを見下ろした。
人々で賑わっていたそこは、茶色い地面しか見えない。
これが、俺の望んだ結末。
彼が望んだ結末。
彼が叶えたくなくて、叶えたくて、俺にすがり付くしかなかった結末。
飛んでゆくマリーゴールドを見つめながら、彼は消え入りそうな声で小さくぼやいた。
「ありがとう」
―了―
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