二話 見える二人は同士

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二話 見える二人は同士

「降りるぞ」と男が言った。  少年は慌てて男の後から電車を降りた。小さな無人駅だった。一緒に降りた七、八人の乗客が北へ南へと散ってゆく。 「何をしている!!」  男が舌打ちしてイライラしたように呼んだ。少年は慌てて男の後を追いかけて行く。  真昼間からプンプンと酒の臭いをさせた男は、少年の服を掴んで引き寄せると言った。 「俺が今日からお前を引き取ってやるんだ。もっとしゃんしゃんとしねえと放るぞ」  少年の顔に酒臭い息がかかる。男は三十代にはとても見えなかった。すさんだ生活をしていたと言わんばかりの、目つきの悪いどす黒い顔。少年を突き放すと、男は持っていた酒を呷った。  少年は知らなかった。男が今日はまだ機嫌がいい方だという事を。少年を育てていた男の伯母が死んで、僅かばかりの遺産が転がり込んできたのだ。子供も一緒だが、これは後で何とでもなると、酔いの回った頭で考えている。  駅を出るとすぐに踏み切りで、その向こうは急な上り坂だった。  千鳥足のいい気分で歩く男の後を、少年は小走りで付いて行く。暫く登ると何処からかいい香りが漂ってきて、少年は顔を上げた。  低い木が道の両側に植わっていて、白やピンクの花が咲いていた。  何の木か分からないが、綺麗な花といい香りにしばし見とれていると、木々の向こうから人が現れた。まだ学生みたいな若い男。肩までの黒い髪に剣道の胴衣を着て竹刀を持っている。  切れ長の目が少年の方を見て、少し見開かれた。  綺麗な人だなあと少年は見惚れた。そこへ酔った男のだみ声が響いた。 「何をしている!!」  少年は若い男に一礼をして、走って行った。酔った男の罵声が響く。  若い男はその低木を背に、暫くそこに佇んでいた。
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