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蘇芳は風呂から上がって、自室に戻り座禅を組んだ。寝る前のいつもの習慣だった。
部屋の外は静かで風の音もない。遠くに車の音がするが、蘇芳の耳には入らない。無の境地に近い。
コトリと廊下側の雨戸が鳴った。さらにコトリと廊下が鳴った。蘇芳は座禅をしたまま気配を探る。
音はそこで途切れて気配だけが残った。この世のもので無いものの気配。ただそこにいる気配に、蘇芳は座禅を解いて部屋の障子を開けた。
あの女が居た。少年についていた年配の女。表情の無い女は蘇芳が出ると指を外に指した。
蘇芳は頷いた。急がなければいけないような気がする。上着を羽織って縁側から外に出た。
女がすうっと梅の林の向こうに消えて行く。蘇芳は女の後を追いかけた。見失うかと思うと、女の霊はその先に佇んで蘇芳を待っていた。
やがて、梅の林も終わり、雑木林とため池の広がる辺りで女は佇んだ。
女の足元に小さなものが蹲っていた。あの少年だ。蘇芳は急いだ。
少年は酷く痩せ細って、傷を負っている様だが、まだ息があった。
蘇芳は上着を少年に掛けて肩に背負った。酷く軽い。少年の軽さに、今まで放っていた事を悔やんだ。
少年を背負って家に戻ると、蘇芳の出て行った気配に、起きて探していた中川夫婦が駆け寄って来た。
旦那の方が子供を抱き取り、細君が座敷に布団を用意する。
医者を呼んで、蘇芳は子供を寝かせてある部屋に行った。あの年配の女の霊が、廊下にじっと佇んでいた。
部屋に入ると、少年の手当てをしていた中川の細君が、声を潜めて蘇芳に話しかける。
「あの飲んだくれのろくでなしは酷いんですよ。子供にまで手を出して……」
それがどういう意味か蘇芳には直に分かった。
蘇芳もその性癖を引きずっていたから……。
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