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「千尋!! 千尋!!」
泰則は俺が見えない。倒れた女を抱き起こして揺さぶった。
しかしソレは俺じゃない。
女が目を覚まし、泰則の呼ぶ声にさっと柳眉を逆立てた。
「あなたはまだあんな男のことを!! あなたを捨てて他の男と逃げた男の事なんて、忘れて頂戴!!」
「萌美……」
泰則は夢から覚めたように呟いた。
ちょっと待て!!
俺はせっかく昇天しようとしていたのに、今の一言で舞い戻ってしまった。
今のはどういうことだ?
俺は泰則を捨ててなんか、ましてや他の男だなんて……。
どうやらさっきイッたので、俺の煩悩が浄化されたのか、考える力が少し戻って来たようだ。
しかし、聞きたい俺を無視して、二人は喧嘩を始めてしまった。
「そのことは言うなと言った筈だ!!」
「千尋、千尋って、あんな女男!!」
泰則はこぶしを握り締めてブルブル震えると、ガウンを羽織ってベッドルームを勢いよく出て行った。
バタンと荒々しくドアの閉まる音。
俺は泰則の後を追いかけた。泰則は書斎に入ってそこにあったウイスキーを瓶のまま呷った。
『泰則、止めろよ。体壊すぞ』
「千尋……」
『俺はここにいるぞ……』
泰則の頭を抱きしめる。
ああ……、触ることも出来ない。突き抜けてしまう腕がもどかしい。
『俺の泰則……』
それでも俺は泰則に触れたくて、キスしようと足掻いたり、胸元に飛び込もうと躍起になった。
そしてあの女のことを思い出したんだ。俺、さっきあの女の中に入れたよな。もう一回入って泰則と話してみたい。
さっき女が言ったことが、とても気になるし……。
俺は女の方に戻った。女はベッドで眠っている。俺は女の体の中に入ろうとしたが出来なかった。
何で出来ないんだ? さっきは何で入ったんだ?
俺はその後、いろいろな人間に試してみたが、誰の中にも入ることは出来なかった。
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