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「私は席を外します。ご夫婦でちゃんと話し合って下さい」
拝み屋はそう言い残し、部屋を出て行った。
「萌美、あの人に帰ってもらえ」
拝み屋が出て行くと、泰則は女に言った。
「嫌よ。ここには幽霊がいるの。早く拝んでもらわないと」
「どうしてそんなに急ぐんだ?」
「だって、幽霊が私に乗り移って……」
女はそこではっと口を閉じた。
「乗り移って、お前にとってまずい事を喋るからか?」
女は唇をわなわなと振るわせた。
「千尋は、男と駆け落ちなんかしてないと言っている。俺はあの写真を調べたが、そういうのに詳しい奴が合成だと言った。俺はショックで、あの頃何も考えられなくて、周囲の言うままにお前と結婚したが、何で千尋は急にいなくなったんだ?」
女は泰則を睨み付けた。
「周囲は皆お前を進めた。家柄も良く財産もあったからな。でも俺には千尋がいた。お前は千尋を憎んでいたな、あの頃から」
「それがどうしたのよ!!」
女は開き直った。
「あなたはいつも千尋、千尋。何処がいいのよ、あんな女男!! 湖に誘き出して、突き落としたのよ。死体が浮かび上がらない所に」
……思い出した……。
この女は、泰則の家族が総出で薦める縁談の相手だった。泰則はお前だけだと俺を大事にしてくれたけれど、俺は泰則にも彼女にも済まない気持ちがあった。
あの日も、話があると言われて付いて行ったんだ。謝りたかったんだ。
どうしても、泰則と別れたくなかったから──。
「いいわ、幽霊に取り殺される位なら!!」
俺は取り殺すつもりなんかないのに……。そう思って見ていると、女はバックからナイフを取り出した。
泰則はそれを見て笑った。
「いいさ、お前に殺されるなら。千尋の所に逝ける」
女はその言葉にカッとなったようだ。ナイフを両手でしっかり持って、怖い顔で構えた。
──や、止めてくれ!!
──駄目だよ、そんな事しちゃあ!!
──泰則を殺さないでくれ!!
俺は女の体を押さえようとした。手がすり抜ける。捕まえられない。
──泰則、逃げてよ!!
でも泰則は逃げない。コップを庇って立っている。俺はそこにいないのに。
──ああ、泰則…、俺は、俺は、お前に死なれるのは嫌なんだ!!!
すり抜ける腕で、すり抜ける体で、前に回り泰則を庇った。女を必死で押し止めようとする。女が差し出そうとするナイフを押さえ込む。俺と女とが重なる。女の振り上げたナイフがきらりと光る。
──お願いだ!! 止めてくれ───!!!
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