一話 寒がりな幽霊

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 天井が見える。  変だ……、体が重い……。  目の前に泰則の顔。不安そうな眼差し。 「泰則……」  俺の言葉に、泰則の両目からどっと涙が溢れた。俺を抱きしめて「千尋……」と掠れ声が言った。  俺は自分の手を見た。白い女の手だ。何故か実感がある。泰則の顔に触った。堅い髪。精悍な顔。今までの、女の中に入った時とは違う、確かな手触り……。 「泰則──!!」 「千尋!!」  俺たちはひしと抱き合った。 「もうよろしいかな!?」  男の声に慌てて立ち上がった。あの拝み屋の男が入り口に立っている。 「ああ、どうも……」  泰則は俺を庇って男に向き直った。俺が居場所を変えた拍子に、ナイフがころりと転がった。俺と泰則が慌ててナイフを隠そうとすると、拝み屋が鋭い声で一喝した。 「それに触れてはなりません!!!」  慌てて俺たちは、抱きついたまま一歩下がる。拝み屋が何やら格調高く、呪文の様な物を唱えた。 「キエ────!!!」  気合を発した拝み屋の指先から、光のようなものが迸った。光がナイフを包み、ナイフはポキリと音を立てて折れた。俺と泰則は抱き合ったまま、呆然とそれを見ていた。 「これは私のほうで供養します」  拝み屋はナイフの残骸を丁寧に木箱の中に納め、その上にお札を貼った。 「私の仕事は終わりました。お代は後で如何様にも」  道具を持って、拝み屋は帰って行った。 「千尋……」 「泰則、俺、なんか変だ。この体に納まったみたいだ」  今までは夢の中に居るようだったけど、今は実感がある。泰則はそう言う俺に頷きながら、肩を抱き寄せた。 「もう何処にも行くな」   ***  俺はそのまま女の体に居座った。  泰則の両親や女の両親は不信に思ったらしいが、泰則が、 「近頃、様子が変だった」と説明すると、皆、思い当たることがあるので納得してしまった。  俺たちは新居を建てて、泰則の家を出た。  そのうち、俺の体も顔も徐々に千尋に似てきた。中身が千尋なんだから表情もしぐさも千尋になる。それで千尋に似てくるんだろうと思ったのだが、体つきまで似てきた。  俺のぺちゃんこになった胸に指を這わせる泰則に、 「胸ぐらいあったほうがいいんじゃないのか?」と聞いてみる。 「俺は千尋だったらいいんだ」  そう言って俺を抱きしめる男を、俺はこの上なく愛しているんだ。
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