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天井が見える。
変だ……、体が重い……。
目の前に泰則の顔。不安そうな眼差し。
「泰則……」
俺の言葉に、泰則の両目からどっと涙が溢れた。俺を抱きしめて「千尋……」と掠れ声が言った。
俺は自分の手を見た。白い女の手だ。何故か実感がある。泰則の顔に触った。堅い髪。精悍な顔。今までの、女の中に入った時とは違う、確かな手触り……。
「泰則──!!」
「千尋!!」
俺たちはひしと抱き合った。
「もうよろしいかな!?」
男の声に慌てて立ち上がった。あの拝み屋の男が入り口に立っている。
「ああ、どうも……」
泰則は俺を庇って男に向き直った。俺が居場所を変えた拍子に、ナイフがころりと転がった。俺と泰則が慌ててナイフを隠そうとすると、拝み屋が鋭い声で一喝した。
「それに触れてはなりません!!!」
慌てて俺たちは、抱きついたまま一歩下がる。拝み屋が何やら格調高く、呪文の様な物を唱えた。
「キエ────!!!」
気合を発した拝み屋の指先から、光のようなものが迸った。光がナイフを包み、ナイフはポキリと音を立てて折れた。俺と泰則は抱き合ったまま、呆然とそれを見ていた。
「これは私のほうで供養します」
拝み屋はナイフの残骸を丁寧に木箱の中に納め、その上にお札を貼った。
「私の仕事は終わりました。お代は後で如何様にも」
道具を持って、拝み屋は帰って行った。
「千尋……」
「泰則、俺、なんか変だ。この体に納まったみたいだ」
今までは夢の中に居るようだったけど、今は実感がある。泰則はそう言う俺に頷きながら、肩を抱き寄せた。
「もう何処にも行くな」
***
俺はそのまま女の体に居座った。
泰則の両親や女の両親は不信に思ったらしいが、泰則が、
「近頃、様子が変だった」と説明すると、皆、思い当たることがあるので納得してしまった。
俺たちは新居を建てて、泰則の家を出た。
そのうち、俺の体も顔も徐々に千尋に似てきた。中身が千尋なんだから表情もしぐさも千尋になる。それで千尋に似てくるんだろうと思ったのだが、体つきまで似てきた。
俺のぺちゃんこになった胸に指を這わせる泰則に、
「胸ぐらいあったほうがいいんじゃないのか?」と聞いてみる。
「俺は千尋だったらいいんだ」
そう言って俺を抱きしめる男を、俺はこの上なく愛しているんだ。
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