70人が本棚に入れています
本棚に追加
電話
蝉時雨とは、蝉の鳴き声を浴びて汗で濡れる事から言われた。 と僕は勝手に思った。そもそも僕は汗をかかない。今だって冷房設備を使わずに、風も吹き込まない窓を開け放って、蝉の声は暑苦しいなと思っただけだ。
夏休みは多くの寮生が帰省し学業を忘れ、一部の寮生が別荘で過ごしお酒を覚える。寮母のセシルさんの手調理が好きな僕は、どちらにも行かない。ただ溶けたチーズのように革張りのチェアーに貼り付いていた。
この辺りの地域じゃ高レベルな高校ではあったけれど、授業は単純だし、先生の質問は簡単だし、寄付金だけの生徒と話を合わせなきゃいけないし、うんざりだった。
だから何処かに刺激はないものかと、思考の現実逃避を繰り返していた。
部屋の電話がなって珍しいなと視線だけを向けた。いつも用がある時は、直接寮母さんが来るからだ。ズルズルとチェアーから降りると受話器を取った。
「はい」
「お電話ですよ」
セシルさんが外線と繋いでくれた。親から電話など来たことがないし、かけてくる相手に心当たりもなかった。
「はいコールです」
「アレックス? 久し振り」
僕をファーストネームで呼ぶ友人など1人しかいなかった。
「ジェイク? ジェイク、ラッセル!」
それは小学生時代を共にした、友人のジェイクだった。今は地元の町から、高校に通っているはずだ。
「いったい、どうしたんだい。珍しいじゃないか」
「うん。実は」
言い淀んでいるのか、ジェイクが間をあけた。
「オリヴァーを覚えてるか?」
「オリヴァー?」
「オリヴァー、ライトだよ」
「転校したオリヴァーか。中二の夏に事故にあった?」
小学校の卒業と同時に転校したオリヴァー。彼もまた、僕をファーストネームで呼ぶ1人だった。3年前。中2の夏に、事故で亡くなったと知らせが届いたきりだった。
「そう。そのオリヴァーから俺たちにメッセージが届いたんだ」
「はあ? それはいったい?」
「夏の夜空を探してくれって。とにかく、こっち帰って来れないか? 詳しい話はその時にでも。力を貸してくれ」
高2の夏に届いた、オリヴァーからのメッセージ。それがジェイクと僕の人生を決定づけた。
最初のコメントを投稿しよう!