11.ヴォイス(2011.June)

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11.ヴォイス(2011.June)

「ゆーりたん★」 とびきりの笑顔を作りながら名前を呼ぶと、6ヶ月の百合ちゃんは笑った。 「ゆりたん、かわいいなぁ。すきすきー」 抱っこして揺さぶると、あー、と喃語をあげて笑う。純度100%の心からの素直な笑い。他の園児11人は珍しく全員寝ている状況だから、ゆっくり関わることが出来るお昼の一時。もちろんそれはずっと続かない。時間にして30秒あるかないかだが、笑顔にやる気を充電させてもらった。書きかけのノートの続きにとりかかる。 保育士8年目の4月を迎えた。初めて0才の主担任になった。人事を聞いた時は正直嫌だった。0才児は1才児以上クラスと決定的に違う点があるから。 それは、赤ちゃんはまとまってお昼寝をしないということ。1才児クラスならまとまって1時間半から2時間寝られるし、仮に早く起きたとしても布団でじっとしておくことができる。その時間を書類作成や保育準備に当てられる。 しかし、赤ちゃんは寝付いて30分で泣きだして起きることが珍しくない。泣いたら他の子を起こさないようすぐトントンか抱っこで寝かしつけ、寝たと思ったら別の子が起きて抱っこ、そしてまた……と繰り返す日も少なくない。 必要保育士が、1・2才児が子供6人に対して保育士1人なのに対し、0才児は子供3人に保育士1人というのも頷ける。1人抱っこして、1人おんぶして、1人寝かせながらトントンで3人。抱っこやおんぶも頻繁なので身体への負担が強いのも憂鬱だった。 けれど、0才児ならではの良さもある。人見知りが激しい時期なので、他の先生が抱っこして泣いていても、主担任の私の姿を見るだけで泣き止んだり、目があった時に微笑んでくれる笑顔に和んだり。 生活リズムがゆったりなので、他クラスの先生からは癒やされる、と言われることも多く悪いことばかりではなかった。泣いても吐いてもうんちしてもどんなことをしても対応してもらえる赤ちゃん達に、存在を丸ごと肯定ってこういうことなんだろうな。 年齢が上がり出来る事が増えるにつれ、どうしても叱ったり否定する部分が出てきて、それは当たり前で必要なことであるのは重々承知だけど、何しても許される赤ちゃんという存在に羨ましさえ感じた。私もそうやって育てられたんだろうな、と記憶を辿ったりした。 子供たちの生活リズムが整ってきて機嫌よく過ごせるようになってきた夏のはじまり、やっと少し余裕が出てきた。また流樹に誘いのメールを送ろう。
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