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12.THE DAY(2011.November)
11月4日。THE DAY HAS COME。
神様は私を見放さなかった、というか、彼は私のことを頼りにしてくれていた。仕事から帰宅後、件名だけのメールの5文字を見た時、震えた。
夢が現実になったことに鼓動の高鳴りを感じた。今度こそ逃さないようにしなければ!と緊張も高まる。ぎこちない指で急いで返信し、転げるように家を飛び出してエンジンを切ったばかりのバイクにまたがった。つかまらない程度に飛ばしながら、頭の中では作戦会議を始めていた。
いいか?事態を把握するのが大事、何か言おうとしたら駄目だ。下手なことを言って反感を買ったり、心を閉ざされたらゲームオーバーだからな。必殺技みたいに言葉の特効薬なんてないから、ひたすら彼の話に耳を傾けろ。聞き役に徹しろ。話しやすいように配慮するんだ。要するにまずは聞けということだな!と脳内会議の結論が出たところで、去年の秋ぶりの公園に着いた。
件名は「なぐさめて」
去年と同じように藤棚の下に俯いて座っているのは流樹だった。
彼の隣に寄り添うように座った。
気付いたら頭を撫でていた。落ち込んでいる園児にするように。
彼は何も言わず、身体も動かさず、そのままだった。
次に横から抱きしめていた。彼は私の手を振りほどかなかった。
弱っている時につけこむのはよくない、と去年の私は思い、積極的に行動できなかった。
悔いから何度も考えて結論を導いた。弱っていたって、弱っていなくたって、私は彼がすきなのだ。助けたい、力になりたいのだ。その気持ちからすることに間違いは無い。声に出して積み重ねてきた恋心と、文字に現して確かめてきた恋心が私を支えてくれている。今日までの日々が行動の自信になっているた
めか、今日の私は、身体が自然と気持ちを体現して動いていた。
私は恋心を今日まで誰にも伝えなかった。友達にも同僚にも。
秘めた気持ちを抱えたままいるのは苦しかったが、出さまいと押さえつけられるほど強く濃くなった。今日こそ、熟成した恋心を解き放つとき!
彼ノートで様々な告白文面を模索して書いたり口に出してみた。自分の気持ちを表す選択肢としていくつも言葉が頭を駆け巡るけど、不器用な私は言葉を選んでいるうちに気持ちが迷子になるから、言葉ではなく行動で示したいと思った。
彼が落ち込んでいる理由はわからないけど、辛い時に頼りにしてくれたのが嬉しい。少しでも気持ちを軽くしてあげたい。いつだって私はあなたの味方だよ。想いを手に託して、彼の手を握った。
「ありがと……」
ずっと下を向いてた流樹が泣きそうだけれども、私の目をしっかり見て言ってくれた。
「泣いてもいいよ」
言ってから、ちょっと上から目線だったかな、と反省する。
彼は軽く首を横に振り、ふっと笑う。
「そんな風に見える?」
「見えるよ」
「……だいじょぶ。来てくれたから落ち着いてきた」
ほんと急なのに来てくれてありがと、と弱々しい声で言われるときゅんときた。ああこれだけでもう幸せ、今日が終わってもいい。役に立てた充実感で胸がいっぱいになった。会う予定がなかったのに会えただけでも嬉しいのだ。
「いいよー、今度私がピンチになった時は泣きつきにいくもん」
背伸びをしながら立ち上がりおどけて言った。振り返ると、声は出さないけど笑っていてくれる。
立って、彼に背を向けたまま目を閉じた。流樹への恋心が誕生して3年ちょい。3才になった恋心が言う。自立したいと。凛花の世界の中で終わるのは嫌だよ、新しい世界を見てみたい、と。この子には外の世界で砕けるかもしれないという想定がない。外の世界がどんなに残酷で思うとおりにいかないかを知らない。
28才の私は恋心の全てが叶うわけではないと知っている。流樹に恋する前に失恋もしたし、失恋したり、させたりする友人の姿も見てきた。付き合って最初は上手くいっても、最後は別れる人々を山のように見てきた。
告白することは、間違いなく保留の今より終了に近づく。終わりが怖い。でもこの恋心の結末は3才も28才も知らない。たとえこの世の恋心の99%が成就しないとしても、この恋は成就する1%かもしれない。告白で、終了にも近づくが両想いにも近づくのだ。
永遠のように続く恋心物語に飽きて新展開を望んでいる3才。内の世界にこもっていることで安定できる28才。初恋の時に生まれた14才が28才の背中を押す。
「想うだけの恋愛はもう十分堪能したじゃん。駄目なら新しい恋を探せばいいだけの話」
息を長く吐き切ってから、言った。
「流樹の自分で決めたら頑固で曲げなくて……困難にも立ち向かっていく姿に憧れてた。落ち込んだ時に私を頼りにしてくれたのも嬉しかった。でも、もう限界。片思いはもう無理……私、流樹のことがすき!彼女になりたい!今日フラれたらもう二度と会わない……会いたいけど……会わないぃ……」
ひとつ前に言った”今度泣きつきにいく”という言葉とあまりに整合がとれない言葉に、、限界なんてちっとも感じていなかったのに自然と出てきたことに、、一度も考えたことがなかった”フラれたら二度と会わない”という台詞を口にしてしまったことに、頭を殴られたようにショックを受けた。
なにこれなにこれ、なにこれ。こんな予定じゃなかったのに。でも今言ったのが本心だ。ああ私、相当我慢してたんだな。抑えこみすぎたんだな。頑張ったよ自分。
いっぱいいっぱいすぎて、気付けなかったいっぱいいっぱいの自分に気付くと、涙が溢れてしゃくりあげて止まらなくなった。全然ノートに書いた選択肢とも、頭のなかで立てた作戦とも違う。
一人芝居しに来たんじゃないのは重々承知だけど涙が止まらない。地面にうずくまって、しくしく泣いた。何しに来たのだ、私は。慰めに来たのに泣いてどうする。
でも泣くのが気持ちよくて止まらない。恋と気付いてから3年間抑え続けていた蓋が吹き飛び、溢れ出てくる気持ちのままに泣いた。
感情を解放できて、彼に伝えられて満足だ。付き合えてもなくても、どっちでも良かった。やれることはやった。悔いはない。
気が済むと涙も引っ込んだ。蓋を開けるまではドキドキだったが、案ずるより産むが易しだったな、と思った。
「ご、ごめん。こんなつもりじゃなかったんだけど……つい……」
立ち上がって髪を整えながら話す。返事がこない。まさか呆れて帰っちゃった?と振り向くが彼は変わらず座っている。
「ごめん、困らせちゃって……」
「マジで困るわ」
吐き捨てるように呟く声がぐさっと3才に突き刺さった。ほら言わなきゃ良かったじゃんか、と28才のツッコミが入る。
「あーごめんってば……」
ああ終わったな、次だ次、次の恋を探そう。でも視界が真っ暗だ。何も見えない、見たくない。
「……」
目を合わさず遠くを見ている彼。二重のつり目の先には何が見えているのだろうか、とよく考えていたな。私のすきな彼。お世話になりました。横顔を目に焼き付けておこうと、目を凝らしてじっと見つめながら言った。
「い、今までありがとう!一緒にライブ行ったり、カラオケ行ったり、ご飯食べたり楽しかったよ。良い思い出になりました。じゃあ」
「ちょっと待てって」
腕を強く握られた。
「困る、しか言ってねぇだろ。急にいろいろ言われても困るって、考える時間くれよ」
まだ脈あり!?でも期待し過ぎると傷が深くなる、と喜びの声を抑えながら、強気にやだ!と言い放った。
「返事は今日欲しい。今欲しい!……私の事きらい?」
流樹は眉間を歪めてうろたえている。攻めるチャンス!とばかりに上目遣いで聞いてみた。
「きらいじゃない。すき、だけど……恋愛に時間とエネルギー割けない」
す・き・だ・け・ど。さらっと流れた言葉にトランポリンに乗ったように身体が軽くなり宙を舞った。うっわー。すきだって。すき。私の事すきだって!聞いた?
「凛花のこと、すき?」
甘えたように抱きついて尋ねてみた。自分の中にこんな女子な自分がいるなんて!照れくさそうにはにかんで頷く流樹。
「じゃあ彼女にして?」
「……」
返事は無く、唇を唇で塞がれた。
「ごまかさないで。ちゃんと返事し」
もう一度キスされ、見つめられながら言われた。
「付き合おうか、凛花」
喉から手が出るほど欲しかった言葉をもらえて目眩がしてよろめいた。
大丈夫?と流樹に支えられた。
「嘘じゃないよね?夢じゃないよね?」
「多分な」
「そこは完全否定してよ」
「やー、正直オレも急展開すぎてよくわかんね」
2人で笑いあってもう一度キスを交わした。
光永先生と藤原先生、みっつとふじ先生、流樹くんと凛花ちゃんを経て、晴れて流樹と凛花の関係になれたのだった。
片恋編 完
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