13.瞬く星の下で(2011.December)

1/1
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/46ページ

13.瞬く星の下で(2011.December)

「なんか最近いいことあった?」 クリスマス会の出し物、職員のハンドベル演奏のリハーサルをする為遊戯室に向かう途中、1年入社が早い梶原先生、通称かじ先生に声をかけられた。 私もかじ先生も同期がいないので、実質同期のような関係だ。おとなしい私に比べて、かじ先生はテンションが高く正反対。 駆け出しの頃は二人の名字も似ているから「ふじかじ」なんてデコボココンビみたいに呼ばれたこともあった。 8年目と9年目で中堅となって、年齢が上の先生と下の先生が半分ずつくらいになり、ふじかじと呼ばれることも少なくなった。 大きなお腹のかじ先生は年始から産休に入る予定だ。恋愛に奥手な私と違って、肉食系女子を地でいくような人だった。 前の彼氏はかじ先生に連れて行ってもらった合コンで出会ったし、流樹に密かに恋心を抱いた後もかじ先生が結婚するまで何度か合コンに誘ってくれた。 仕事でも恋愛でも姉という感じ。恋心は誰にも話すつもりがなかったが、実ったのだからそろそろ話したいとうずうずしていた。しかも、かじ先生はもうすぐ産休に入って職場に来ることがなくなるから、他の先生に話される心配も少ないし。 「実は片思いが叶ったんです」 「え、ふじ片思いしてたん?初耳やわ!」 「誰にも言いたくなくて……秘めてたんです」 「もぉぉ!ウチにくらい言ってくれたら良かったのに!どんな人なん?」 楽譜のファイルで肩をパーンと弾かれる。ボディタッチが大胆なのがかじ先生の特徴だ。 「……。かじ先生も知ってる人だよ」 「え!合コンの人?」 「……絶対他の人に言わないって約束する?」 「するする!やから早く教えて!」 目を大きくキラキラさせて私に迫ってくる。どうしようかな、約束破ったら家まで怒りにいきますからね、と念押しして、改めて咳払いをした。 「みっつ」 「ええええええええええ!」 「ちょっと声大きすぎ!」 動作も大きければ声も大きい。幸いなことに登っていた階段付近には保護者も先生の姿も見当たらず、かじ先生の叫びは誰にも聞こえていないようだった。 「うっそうっそうっそ!マジか!えー!あの光永先生やんな?いつからすきやったん?全然気付かへんかったわ!」 かじ先生は普段は標準語を使うよう努力しているが、興奮すると地に戻って使い慣れた関西弁が出るらしい。 「意識しだしたのは、彼が辞めるって言った辺りからかな。辞めてからも同じアーティストのファンだからライブに誘ったり、カラオケとか行ったりしてたんだけど、なかなか進展しなくて、でもついこないだ告白しちゃってん。そしたら付き合おうかって言われてさぁ!諦めかけてたから嬉しかってん!」 かじ先生の勢いで私にも関西弁が乗り移る。 「ほんまぁ!まー何はともあれ付き合えて良かったなぁ。初彼以来、久々やん!ふじも28やしな、そのまま結婚しちゃいー」 「結婚って!まだ付き合って1ヶ月やし!」 「時間なんて関係ないって!ウチの二人目と同い年の子産もうや!」 「まだ一人目も生まれてないやん!」 思わずツッコミを入れてしまう。関西弁の軽快なノリは楽しい。 遊戯室の前で再度念を押した。 「じゃ、今の話はオフレコでお願いします」 「了解っす!」 ふじかじ漫才を終了して、先生モードに戻った。 既に後輩たちがリハーサルを始められるように、譜面台を立て、テーブルクロスの上に音階順にハンドベルを並べていた。 「あ、かじ先生、ちょっと聞いていいですか?」 「いいよ、どうしたん?」 後輩たちに質問され、的確に答えるかじ先生。生き生きしていて素敵だなと思った。 先輩になりたての頃は、頼られるかじ先生と頼られない自分を比べて卑下していたこともあったけど、今は役割が違うんだ、と割り切れるようになった。 てきぱきしていてリーダーシップに溢れるかじ先生と、穏やかで優しいふじ先生。先生という職業柄、いろいろなことが出来るようになるのを目指すのはもちろんだけど、やっぱり持って生まれたものがある。かじ先生という対極な先生が近くにいたことで、自分の強みと弱みを知れたことにはとても感謝している。光永先生もだけど、他の先生や、保護者たち、何よりも園児たちに支えられて「ふじ先生」をやってこられたなぁと思った。 6人の職員が揃い、リハーサルが始まった。今年のハンドベル演奏はディズニーの「星に願いを」 ハンドベルの澄んだ音色がすきだ。私のイメージする「凛」にぴったりと当てはまる。担当箇所で、腕を真っ直ぐ伸ばし、一球入魂のように手首を動かす。凛とした音が生まれた。 時折音が重なりあい和音となって響く。決して一音だけでは出せない音色だ。一人だけでやることも不可能ではないけれど、皆で力を合わせて曲を生み出していくのがいいなと思う。出番の多い音と少ない音の差はあるものの、代わりの音は無い、というところもすきだ。 以前、流樹が「鼓笛隊より和太鼓の方が平等でいい」と言っていたけど、きっとどの音も欠けてはならないという点で同じなのだろうな、と改めて思った。小太鼓は欠けても代わりがいるから。 遊戯室のひんやりと静まり返った空気に、ハンドベルが凛と響き渡る。ずっとこの音の中にいたいと思った。そうしたら、私もずっと凛とできそうな気がしたから。
/46ページ

最初のコメントを投稿しよう!