15.ドリーマー

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15.ドリーマー

「免許取るために通信大で勉強しよっかなって思ってる。そーなったら、仕事もあるし旅行とかもしばらく行けないと思う」 「え!会えないの?」 「全く会えないわけじゃねぇけど……」 「そっか……。ていうか、何の資格取るの?」 「小学校教諭」 「え、流樹、小学校の先生になるの!?」 「目指してみよーかなって。給料も正職になれる確率も高いしさ」 「なるほどぉ。すごーい!応援するよ!わかった、免許取れたら旅行いこうよ!」 「そんな簡単にいくかわかんねぇよ」 「大丈夫だって!いけるいける!」 今の職場から動けないのか動かないのかわからないような私とは違って新しい世界に踏み出そうとしている流樹に高揚した。社会人になってから学校で勉強するなんて発想がなかった。単純に応援したい、上手くいってほしいと思った。 「……良かった。寂しいって泣かれるかと思ったから」 「何で泣く必要があるの?将来に関わる大事なことじゃん!」 「そう言ってくれたら安心できるわー。電話とかも頻度下がると思うけど」 「うん、流樹も頑張るから、私も頑張るよ!でも、クリスマスとかお正月とかバレンタインとかは会いたいかな……」 「まー、気が向いたらな」 この後どうするか話をして結局、暖かいショッピングモールを出て、カラオケへ向かった。自転車の風が寒いけど、2人で並んでこいでいると気にならない。12月、人目が気になる時期に、彼氏と一緒に居られるのは幸せだなぁとしみじみ思った。 カラオケでは、今まで選ばないようにしていた両想いや出会えてよかった系の曲を思う存分歌いきった。流樹がバラードを歌った後、次の曲を選べていなくて間が空いた。タッチパネルと格闘している私を背後から包むように流樹が抱きしめてきた。耳に口付けられる。 「ちょっ、流樹さん。選べないよ……」 私の言葉を無視して、首筋にキスを塗り広げる。膝上スカートとニーハイブーツの隙間の太ももに手を滑らされる。足出したほうが似合うと言われて寒さより喜んでもらえる方を選んだスカート。もう片方の手は胸に伸びてきた。思っていたより男らしい、というか単に強引というか……。でもまだ初デートなのに。ここカラオケなのに。 「ねぇ、待ってって」 「やだ」 「待ってよ!私……その……したことないから、こういうことは落ち着けるところでしたいよ」 「え、処女だっけ?前の彼氏と旅行いったんだろ?」 突如数年前の話を持ちだされて驚く。同じクラスだったから、恋愛相談も少しはしていた気がするが、当時は彼を同僚としてしか見ていなかったし、彼にも彼女がいた。 「よく覚えてるね。結局生理になっちゃって出来なかったんだ。それ以来基礎体温つけるようにしてるから、今は大丈夫だけど」 「それって安全日とかわかるやつ?」 「んー……まあね」 避妊はちゃんとしてね、と付け足したかったがなんとなく言えなかった。 「今日は?」「生理前だから妊娠しにくいけど……心の準備ができてないよ……旅行までお預けでいいかな?」 「そんなのいつになるかわかんねぇじゃん」 私を睨みながら不服そうに呟く。 本当に付き合ってくれるのか疑心暗鬼が心を占めていた。彼が本気で私のことをすきなのか疑っていたから、初デートでエッチする展開になるなんて思いもしなかった。下着や毛の処理には気を遣ったから身体の準備は出来ているけど……。気まずい雰囲気の中、気だるそうにカシスオレンジを飲み干す流樹に一所懸命伝えた。 「そんなにオレのこと信じられなかったんだ」 ふーん、と小馬鹿にした態度に、そうじゃなくて!といらっときたが押しとどめて、 「だって私脅しみたいな言い方したじゃない?フラれたらもう会わないみたいな。後から考えたら強引だったかなって反省したんだよ」 「別に。あれが凛花の本心なんだろ?」 「まあそうだけどさぁ」 「オレが付き合おうって言ったんだから、信じろよ。それとも、会えなくなるのが嫌なら付き合うのやめとく?」 私が否定するのを見越してわざと意地悪なことを言う。腹が立つ。 「やめない。付き合いたいもん。でもエッチは無理」 私にしては珍しく強気で言い切ってしまった。ホラー映画に今日一日分のドキドキを使いきってしまった。これ以上は心臓が持たない。 「心の準備ってどーやったらできんの?会えなくなる前に済ませときたいんだけど」 「トイレみたいに言わないでよ!」 「本音なんだからしゃあねぇだろ。どうしたら凛花と今日やれんの?」 「デリカシーなさすぎ!サイテー!」 私もカシスオレンジを勢い良く飲み干した。ロマンチックを期待していたわけじゃないけど、あまりにも剥きだしすぎて萎える。もう少し言葉で包んで欲しい。 「……凛花のこと、もっと知りたいだけなのにな」 気持ちを察したのか、寂しげに携帯に目を落としながら変化球を投げてきた。 「身体合わせないとわかんねぇこともあるじゃん」 「……そう、なのかなぁ」 「凛花は何が怖いん?不安?」 「なんだろ……全部。未知すぎて怖い」 ちっちゃいこと一つ一つに自信がない。例えば服を脱ぐ事。脱がされるのを待つのか、自分から脱ぐのか。脱ぐならどこから脱ぐ?どこで脱ぐ?どんな体勢で?全てに自信がない。もちろんそれ以外にも触られたらどんな反応したらいいのか、声は出すべき?出さないほうがいい?出すならどのくらいの頻度?ボリュームは?挿入に不安もあるし、避妊だってしてくれるのか疑問だ。 「オレに身を委ねてよ。悪いようにしないから」 屈託なく笑いかけられ、一瞬心がときめく。が、先ほどの言葉が胸に突き刺さっている。凛花とやるためなら、嘘でも何でも言ってやるという風にも聞こえる。どんだけやりたいねん、と突っ込みたくなる。 「ありがと、嬉しいよ。……でもごめん。やっぱり、初めては特別なシチュエーションがいいから……旅行がいいなぁ」 「どんな場面だって想い出になるよ。初めてなんだから」 「……」 彼の言うことは正論だと思う。自分は小さいことにこだわっているだけなのか。でも、小さいけど大切なんだよ。今、手放したくないんだよ。けれど2人の問題なら彼の意見も聞くべき?擦り合わせてお互いが納得できる結論、みたいな定型的な綺麗事を導き出すべき?そんなのあるの?見つかんないよ……。思考を巡らせ口を閉じていた私を見て、突破口を見出すことを諦めたのか、彼がため息をついて言った。 「……わかった。じゃー今日予約して帰ろうぜ」 「予約って……旅行の?」 「そー。日にち決めとこうぜ。それに向けて頑張るから。オレが勉強してる間、凛花はエロの勉強しとけ。痛くないように慣らしとけよ」 「どうやってよー!」 カラオケ後、旅行代理店に戻り来年の12月に予約をとろうとしたが、早すぎて予約できなかった。場所も決まっていないので、凛花考えといて、と投げられて別れた。  帰宅後、彼ノートを開いて今日の出来事を振り返った。ホラー映画に始まり、ほっとしたラーメン、流樹が勉強する話、カラオケで迫られたこと、旅行代理店で張り切って予約できなかったこと……。初デートは盛りだくさんでお腹いっぱいでした、でも幸せだ、と締めくくった後、ふと思い出した。 流樹が、私が前の彼氏と旅行したことを覚えていたこと。彼氏とお泊りにいくんだーと浮かれていて気軽に言ったかもしれない。でもそれを覚えていて、尚且つさっと出てきた事になんだか気持ち悪さを感じた。記憶力が良いだけなのか……いやむしろ逆のタイプだ。まあ、想定内に収まる異性なんていないし。想定内といえば、あんな執拗に迫られて驚いた。想像よりもねちっこい性格かもしれない。ただやりたかっただけなのか?私としたいというより、だれでもいいからしたかったのだろうか?考えれば考えるほどわからなくなるので、もう寝ることにした。……なんか、片思いの時のほうが楽しかったな。
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