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18.この胸を、愛を射よ
「着いたよ、凛花さーん?」
気が付くと、彼の家に着いていた。今日は家に誰もいないみたいで、病院行ってから晩御飯一緒に食べよう、と誘われていた。
自転車で移動しているうちにすっかり日は暮れていた。同時期に一斉に建ったんだろう、外観は違うけど重ねた年の数が同じくらいの森みたいな住宅街の中に彼の家はあった。石の階段を登って玄関に入る。
真っ暗な家を彼についておそるおそる歩く。通されたリビングのこたつに座って待つよう促され、足を潜らせた。
あったかい!外気の寒さと自責の念で冷えていた心があたたまるような気がした。
ダウンを脱いで、さりげなくお部屋チェックをする。テレビの上には、写真が飾ってあった。七五三と、おそらく成人式の時のものが並べてある。
七五三ではジャケットと半ズボンを来てランドセルを背負っている。入学前の写真だろうか、隣の女の子も同じくワンピースにランドセルを背負っている。
どちらの写真も、ランドセル少年少女と、2人より背が高いお姉さんらしい少女がひとり、父母らしき人、5人で構成されていた。昭和の写真だから顔の細部はわかりづらい。
成人式で双子らしき女子の顔を確認すると、つり眉につり目で強そうな感じで雰囲気は似ているなと思った。彼に背を追いぬかれたお姉さんは、化粧気は少ないけど真っ直ぐな目線できりりとしていて、日本女子という感じだった。
着物を着て花火大会のポスターとかにいても違和感がない。私より凛という字が似合いそう。父はつり眉だが垂れ目で親近感がわきそうな感じ、母はつり目ではきはきして今にも写真から喋りだしそうな印象だった。
この家族写真も、自分から撮ろうと言い出したような。そもそも、成人式なのに、母まで着物着ちゃってる時点で張り切り度が推し量れる。まさか成人式にも参加したのだろうか?
「おまたせー。生姜焼き丼と味噌汁」
トレーに乗せて湯気が立っているお椀を運んで来てくれた。お、おいしそう、これ流樹が作ったの?と尋ねると、当たり前だろ、と呆れたように返された。
「料理ができる男子、いいね」
「そんな大したもんできねぇよ。さあ食おうぜ」
いただきまーす、と味噌汁から手を付けた。野菜を一番に食べると体脂肪の蓄積防止になると聞いてからは必ず実行している。
体重は気にしていないけど、同じように食べていても年々緩やかに体重増加している事実に、老化を感じる。まだ28、されど28。ほうれん草と白菜の二択で、噛みごたえの有りそうな白菜を口に運んだ。
おいしーい、と声を上げたら、メインも食ってみ、と、自信ありげに薦められた。お肉の程よく焦げた色味からしておいしそう。口に入れて、おいしーい、と繰り返す。
「おいしーい、以外に無いのかよ。ボキャブラリーすくねぇな」
おいしーいの上がり口調を真似されて、笑われた。
「ちょっと真似しないでよ!だって本当においしいんだもん」
「凛花は単純だクル♪」
今月始まったばかりの人気アニメの妖精の口調で可愛く言う流樹。
「プリキュア?」
「そうそ。夢見がちな主人公と世話焼きの関西弁女子のやりとりが、ふじかじ先生に被ったわー」
「へぇ、まだちゃんと見てないや」
「絵本ずきなとことか」
「すきすき!仕事用というより趣味でよく買っちゃう!まあ100万回生きた猫の自分の中1位は揺らがないけど!ベタだけどね。愛する猫と出会う事で世界観が激変するってすっごい理想じゃない?すきになった白い猫が死んじゃうのは悲しいけどさぁ、失わなければわからないものもあるしねぇ。誰が死んでも泣かなかった猫が100万回死を悲しむのは、何回読んでもうるうるくるよー」
絵本に反応して熱く語る私に対して、ふーん、とさして興味の無さそうな表情に温度差を感じた。理解に苦しむまでいかないが、腑に落ちないというような。もうちょっと興味を持ってくれてもいいのに。
「そういえば、流樹のすきな絵本何?」
「スイミー」
「ああ、沢山の小さい魚が大きい魚になるやつだっけ?発想がすごいよね」
小学校の教科書にも載っていたような気がする。小さい魚たちが大きい魚から逃げるため、集まって大きな魚に化ける話。
題名に記憶はあるが、心動いた記憶は無かった。
「最後はそうだけど……オレは序盤の仲間が食べられて一人で海を彷徨っていろいろ発見するくだりがすきかな」
「そんなシーンあったっけ?記憶にないや……」
「同じもの見ても、印象に残るところがお互い違うって面白いよな」
「確かに!でも映画といい、絵本といい、私達趣味が合わない気がする……」
身体合わせないとわかんねぇこともあるじゃん。
彼が言った台詞がふと蘇る。映画も絵本も話題に出したり、共有しないと好みがわからない。体の場合はセックスすることでしかわからないことがあるのかな。
「すきなスポーツは?」
ほうれん草を飲み込みながら、流樹の問いかけに頭をフル稼働させる。すきな、すきな、スポーツ?というか
「あんまり興味ない……運動音痴だし。ゲームは?」「格ゲー」
「やったことないよ。読書は?」「読まんわ」
「私小説すきだけどな。漫画は?」「そんなに」
「えーっとえっと。観光とかは?」「あんまり」
「逆に何が興味あるの?」
「えー、ひとりでぶらっと出かけるとか。外すきかも」
「外かぁ。今の時期厳しいなぁ」
寒波やらこの冬一番の冷え込みだとか聞いていると、あえて出ようと思えない。
「まー、カラオケあるからいいんじゃね?」
「そうだ!それそれ!」
同い年だけど、これだけ接点がないのに驚く。すきなアーティストが共通、ってなかなかの偶然だったんだなと今更思う。それがなければ付き合うまでいってなかっただろう。改めて、曲を生み出してくれてありがとう、と感謝の言葉をアーティストに捧げる。
ちゃっちゃっと空になったお皿を重ね下げる流樹に、食器洗うよ!と声をかけて、一緒に洗い場に立った。ちょっと新婚さんみたいで嬉しい。お皿を洗い、流すのを彼に任せた。隣に並ぶ、で思い出した。
「そういえば、リビングに家族写真あったじゃん?流樹って5人家族?」
「そー。姉貴と妹」
「妹って双子なんだよね?じゃあ流樹が先に生まれたんだ?」
「秘密」
これ秘密にすることか?と思いつつ、知って変わるものではないので流すが、何となく真相をはっきりさせたい衝動に駆られる。だって同時に生まれる事は無いはずだから真実は一つ。知りたい、何か知る方法無いかな。
「お姉さんとは何個離れてるの?」
「2個」
手ぇ止まってますけど、と突かれる。慌てて皿洗いを再開し、無事終了した。
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