19.Mugen

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19.Mugen

「あぁこたつが恋しいー。私んちこたつ無いから羨ましいよー」 ねぇの、と驚く流樹に、だらだらするからお母さん嫌がって、と口を尖らせて答える。私より余程凛が似合う母を思い浮かべて、消す。 「それもわかるけどなー」 でもこのダラダラ感がたまんねぇよな、と寝そべりコタツに戻る。 足がぶつかり、ドキッとして、さっと引っ込める。 「あ、足伸ばしすぎっ」 「じゃあ隣に行くよ」 断る暇も無くL字型から、=型になる。も、もう、いきなり距離縮めないで!ドキドキするからっ! 彼の反対側に身体を反らせた。 「後ろから触って欲しいって?」 「言ってません!」 座っている私のお尻を寝ながらまさぐってきた。処女攻防第二回戦の幕開けか!身構えた。 「ちょ、ちょっと……」 「凛花のおしりはぷにぷにだクル♪」 妖精の口調で甘えたように擦り寄ってきて一瞬受け入れようとしてしまう。が、会う前から、おさわり展開になったらきっぱり距離をとろうと思っていた。入り口で門前払いするのが双方ダメージが少なくて済むから。 「いやいやいや、触られるのも緊張するよ」 触ってくる手とお尻の間に、自分の手で防衛壁を築く。 「凛花ちゃん、敏感だよな」 どういう意図で言っているんだろう。良い意味?悪い意味?性的?全体的? 「え、そうかなぁ。まあ鈍感よりはいいけど」 「いろんなこと、その単語で腑に落ちた」 いろんなことって何だよ。勝手に納得してるし何だよ。この人、言葉少なめというか、どうでもいいことはよく喋るけど、肝心なことが言葉足らずだよ。心のなかで突っ込みが喋りまわる。 「わかるように言ってよ」 「徐々に慣らしていこうぜ、ってこと」 「何を?」 「接触。仮に旅行でするとしてもさー、ビビリの凛花だから緊張してやっぱ無理!とか言われそうと思って」 ビビリの凛花は余計です!接触って、流樹の言葉選びは現象的で色が無い。 「会う度にちょっとずつ距離を縮めようってこと?」 「おー、きれいにまとめた!そうそう、それ」 未経験の私には、セックスは飛行機でしかいけない離島のような遠いものに感じていたが、鈍行で徐々に目的地に近づいていくという方法もあるんだな。というか、何で私はこだわるのだろう。旅行に。初体験のシチュエーションに。 確かにカラオケは公共の場だったからNGだったけど、今日は彼の家だ。私的空間で何をしようとも自由。家族が急に帰ってくる可能性は否めないけど、野外で、よりずっと安心安全だ。 なのに”まだダメ”と内側から沸き起こる声がする。内なる揺らぐ凛花を打ち消すように強めの口調を彼に向ける。 「いちいちそういうこと、口に出さないでほしいよ」 「はぁ?言わねぇと触らせてもくれねぇじゃん」 怒りの色がかいま見える。 「ムード作って欲しい」 「何その上から目線。こっちだって努力してますけど。じゃあ今からホテルでも行く?」 「行かないよ。もう、何で触るの一択しか無いの?」 「それはこっちの台詞。何で触らないの一択?オレは触りたいの!」 わかってる。わかってるよ。 「まだ付き合って三ヶ月だよ?もう少しゆっくりいきたいよ。流樹がその……触りたいと思ってくれてるのは嫌じゃないけど、そんな急に……」 息を吐く。 「急に……女になれないよ」 「凛花の方じゃん」 座り直した流樹に呆れた目で真っ直ぐ見つめられる。 「男と女の関係になろうって言ってきたの凛花の方じゃん」 魔法でもかけられたみたいに身体が動かない。唯一動いた目を伏せる。逃げたい。 「彼女になりたい、って告白してくれた時から、女として見てるし、女の凛花を見たいってずっと思ってた」 心臓が締め付けられて走りだすように鼓動が早くなる。 「凛花を気持ちよくさせたいし、よがってる顔みたいし、どんな声出すんだろとか知りたくてたまんねぇよ。いれてぇよ。一緒に気持ちよくなりてぇよ」 流樹の言葉が燃料となって体の中心から熱が広がり緊張を溶かしていく。 「もう我慢できねぇ、我慢したくねー。凛花としたい。今日やりたい」 私の入り口が、粘液を出して誘う。でも怖い。何が?彼じゃない。いや彼もだけど、私は私の入り口とも仲良くない。手の届く距離にいるのに。いつでも一緒なのに。 見たくない。知られたくない。逃げたい。 何から?よくわかんないけど、怖くて怖くて怖くて。 触れたくない。そっとしておきたい。関わりたくない。 何を?何に怯えているの、私。もやもやと黒い霧が襲う。睡眠に落ちる前の黒が広がる、思ってもみない言葉がこみ上げてくる無意識の世界。 きっと何かはわかってる。わかっているけど、受け止められない。わかろうとすることを拒否している。 何?何が怖いのさ。わかってきた。彼じゃなくて、まず私の中に何かあることを。 ”でも、濡れてるよ”生理が始まり女になった時に生まれた15才の私が囁く。 もう生理が来て15年か。遅れても妊娠を考えることもなく、淡々と月例業務を繰り返してきたね。他の仕事もしたいよね。 ”でも、足りないんだ。もっと流樹から言葉をもらわなきゃ”幼児の私が一文字一文字はっきりと呟く。 ”もっと、肯定してもらわなくちゃ”
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