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20.Search the best way
私は流樹の前で静かに首を振った。姿を消したのは15才だった。
「期待に応えられなくてごめんなさい……」
「こんだけ言っても駄目って……」
すべてのものを地面に引き下ろすようなねっとりべたべたしたため息を吐いて俯いていた。私も何も言わなかった。
気まずい沈黙が訪れた。傷ついたよね、傷つけたよね。そこまでして守らなきゃいけないものなのかな。いたたまれない。でも態度を変える気もない。今更変えるくらいなら最初から受け入れろよってなるし。何かもわからないものを守るために、私は彼を傷つけている。受け入れたらきっと私が傷つく。何に?何かわからないけど。どちらも傷つかずに、どちらも納得できる答えは転がっていないかなぁ……そこらに。
思考に逃げていたら、流樹がおもむろにテレビのリモコンをつけた。バラエティの笑い声が写った後、プリキュアが始まった。録画していたのだろう。
「それ、言ってたプリキュア?」
沈黙を破りたくて声を出す。
「うん、まだ途中までしか見てなかったから」
そっけない声で返事をする彼。
転校生の主人公が走って学校にいく途中、妖精と出会ったところでオープニングが始まる。ピンク赤黄緑青、色とりどりの女の子が華やかな衣装で映し出される。画面いっぱいきらめいて、可愛い声の歌声が更に輝きを添える。
舞台は教室に変わり、主人公がクラスメイトの前で自己紹介する場面で、緊張のあまり内言語でパニックになっている。
「凛花もこんな感じなんだろー」
いつもを取り戻すように軽く笑い飛ばしてくれる。画面でも、主人公を助けるように関西弁の子が絡んできた。主人公の緊張を解しつつ、プリキュアとなる他のクラスメイトの紹介もちゃっかり挟んで、改めて主人公の自己紹介が始まる。
「中2で絵本ずきの自己紹介は無いわなー」
彼の突っ込みを受け流しながら、主人公の言葉に耳を傾ける。
”絵本は必ずハッピーエンドになるからすき”……そうかなぁ、そんな風に読んだことなかった。それって、ハッピーを求めて絵本を読むのと同意義でない?食材の味を楽しむんじゃなくて、ビタミンCを求めてサプリを飲むのと同じじゃない?
話は進み、主人公は妖精と敵に出会う。狼を模した敵キャラに、赤ずきんの話を思い起こす。絵本の悪役は狼が多いな。
バッドエンドに染めようとする狼に、頑張ったらいつかハッピーになれるんだから!とけなげに答える。
頑張ったらハッピーになれる?それは嘘じゃないけど、頑張ってもハッピーになれないことのほうが断然多いと思う。
声に出して突っ込んだり、口調を真似する流樹と、心の中で主人公に反論しながら、経過を見守る私。初めての変身、技。上手くいかず狼から逃げる主人公たち。
”逃げてばっかりじゃハッピーが逃げちゃう”と踏ん張って、技を成功させ、無事撃退した。
なんか胸にささった。”逃げてばっかりじゃ””逃げてばっかりじゃ””逃げてばっかりじゃ”
退治後、こわかったよー、と妖精にもらす主人公に可愛いさを感じた。妖精から主人公に課される課題が提示され、面白そう!とすんなり受け取り第一話が終わった。キュートな歌声に、笑顔で敷き詰められたダンスのエンディング後、タイトルが表示されて次回予告、録画モードに画面が戻った。美少女戦士が戦う姿を見ていた昔をふと思い出す。
「セーラームーンって覚えてる?」
「あー、妹が見てたから見てた」
「あれ見てた時自分は小学生だったからかもだけど、主人公はプリキュアと同じ中2だったけど、恋してたからかもっと大人に見えた。中学生って恋愛大事じゃない?」
「まあ戦隊物だって恋愛ないじゃん。メインはバトルだろ?」
「戦隊物は大人が戦ってるじゃん。でも何でプリキュアは中学生が戦うの?大人になったらプリキュアにはなれないの?戦隊物に女はいるのに、何でプリキュアには男がいないの?セーラームーンは実写化したけど他に女だけの実写戦隊物はないの何でだろう?」
「女の戦隊物って言ったらAV連想するな」
悪者に捕まってヤラれるヒロインとかな、と一人で笑う。
「凛花は大人になるのが怖いんだろ?誰でも初めてのことは怖いよ。でもとにかくやってみて、怖かったよ!って言えばいいんだよ。さっきのプリキュアみたいに。一緒に映画見た時みたいに」
「……うん」
「触られるのが嫌だったら、触る方でもいーよ。オレが触る、凛花が触る、二択になった」
優しく笑う顔にきゅんとした。この人のめげなさ、明るさ、前向きさに助けられる。救われてる。
「……キスしていい?」
頷いて目を閉じてくれた流樹には、不思議と怖さを感じなかった。
人生で、自分からした、初めての、キスは、冬の終わりを予感させるような温かいキスだった。私の何かが雪解けした。
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