6.サウダージ(2009.May)

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6.サウダージ(2009.May)

電車が目的地につき、会場まで歩きながら話題はライブのことになった。 「今日何の曲やんのかな?」 「一応、ツアーで昨日までやった曲はメモってきたよ。見る?」 携帯電話に入力したセットリストを見せた。デビュー曲もメドレーでやるみたいだよ、と付け加えたが、へぇーと淡々と見ていた。 「あ、アゲハ蝶もメドレーであるじゃん!」 「あ、すきになったきっかけって言ってたよね。私はヒトリノ夜から入ったなー!”今日もタイミングだけ外さないように笑顔作ってる”ってのが当てはまりすぎたんだよね、高校生の時」 人間関係で八方美人をしようと頑張っていた時代を思い出す。学生時代合わせようと無理した分、今は随分力を抜いて人間関係を築けるようになった気がする。 「オレは”できたら愛してください”を聞いた時、ああオレの本音はこれだったんだ!ってすげー衝撃だった」 「先輩がすきって言ってたっけ?長かったんだよね?」 「そう、高3からだったからオレの青春やね。濃かったし、まだしばらく恋愛はいーわ」 恋してる……?が恋してる!とわかった日に恋愛いーわ発言を聞くなんてついてない。と思ったが告白してフラれるよりはマシだ、事前にわかってよかったじゃないかと前向きに捉えることが出来た。 会場は、著名なアーティストがこの土地に来たら必ず利用する広めのホールだ。周囲には夜店とファングッズ販売ブースが広がり賑わいを見せている。チケット片手に座席を探す。前から20番目くらいで、中央付近のよく見えやすい位置だった。 「結構前じゃん!」 テンション高めの流樹に頷く。 「私もこんなに前なの初めてかも」 恋心でかライブ前だからか双方入り混じった気持ちだからかわからないが、高揚した気分で開始を待った。 音楽がなりだすが、じらすだけで一向にアーティストは出てこない。じらされて期待が高まった頃、ようやく姿を現して一曲目が始まった。 調べたセットリストと同じ曲だった。自分が見たくない心を見透かすような詞と、ボーカルの情緒豊かで語りかけてくるような歌声がすきだな、と改めて確認した。曲が進むうちにノってきて、自然と身体が揺れた。流樹も同じだったようで、私達の距離も近くなったような気がした。 「あー楽しかった!誘ってくれてありがとー、また来たいわー!」 熱気がこもったホールから抜けだした夜空の下、満面の笑みで左肩を軽く叩かれた。そこから熱が広がっていくのを感じて左を向けなかった。彼の顔を見ないまま、 「それは良かったよ……今度カラオケもいかない?盛り上がれそうだし」 「いーね!オレあんまり興味なかったけどさ、今日ライブで聞いてあの曲が気になったわ。あれ、あれ」 帰りは曲の話で盛り上がり、興奮冷めぬまま別れた。
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