7.ミュージック・アワー(2009.May)

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7.ミュージック・アワー(2009.May)

週明け月曜日の園児は、家での生活でリズムが乱れているからか機嫌が悪かったりして落ち着かない。私も休日を引きずっているのは同じで、まだライブの非現実感に包まれていた。地に足付かない感覚がありながらも、腕は子を抱っこし、口は受容の言葉をオートメーションで紡いでいるので我ながら驚く。 この4月で保育士生活も6年目に突入した。”保育士”が身体に染み付いてきているのだろうなと思う。何十回打ったところを冷やし、何百回抱っこし、何千回オムツを替えたのだろうか。きっと途方も無い数字だろう。 流樹とプライベートで会ったことは職場の誰にも言っていなかった。素振りを見せていないし誰も”ふじ先生がみっつをすき”なんて気付いていないはず。自分の中の秘め事が嬉しくもあり、私と彼双方を知る誰かにこの溢れそうな気持ちを汲んでもらいたい気持ちもあった。 ライブの日に開花した恋心は発火して私を焦がし続けていた。流樹と会いたい。流樹を知りたい。流樹に触れたい。付き合いたい。恋愛対象として見て欲しい。結婚したい。 正直、ここまで欲望が一気に肥大したことは信じられなかった。凛花史上初の出来事だ。でも、点が線になったように火種は元々私の中にあったと感じる。 恋愛願望、結婚願望、共通体験、自分と違う彼への羨望、異性、自分の仕事を切に理解してくれる同業者、無邪気な笑顔、持ち前の軽さ明るさ、挙げ出したらきりがない。とにかく彼のことを考えずにいられなかった。 絵本を読んでいても、昼食を食べていても、着替えを手伝っていても、日案を書いていても、ふとした瞬間に頭をよぎるのだった。そして会いたい→知りたい→触れたい→……結婚したい、のループが堂々巡りをする。 集団の中で人に囲まれ一日を過ごすのに、こんなことをこっそり一人考えている自分が気持ち悪くて、でも自分だけの甘美な世界に酔っていて、完成された終わりのない世界の中で夏まで過ごした。”あなたが気付かせた恋が あなたなしで育っていく”がサビのジョバイロを反面教師にしながら。 ミュージック・アワーの”淡い恋の端っこを決して離さなければ この夏は例年より騒々しい日が続くはずさ”に背中を押されて、カラオケに誘うメールの送信ボタンを押せた。
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