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8.ジョバイロ(2009.September)
秋風の気配がし始めた頃。お気に入りのピンクのワンピースとキャラメル色のブーツに身を包み、カラオケが上にあるビルの1Fコンビニ前で流樹を待った。カラオケに行ってから食事をする予定だ。予定を数分過ぎ、彼が現れた。
今日の服装はヒョウ柄黒Tシャツに赤デニムに黒いごつめの靴。髪の毛もワックスで盛られた華やかなウルフヘア。春にライブで会った時より伸びている。一緒に働いていた時は概ねショートヘアだったので、
「珍しいね、初めて見た。長めの髪似合うね」
「なんとなくやったことないことしよーと思ってさ」
ありがとー、と髪をいじりながら嬉しそうに答えてくれた。
同じアーティストをすきと言っても、好みの曲は違った。軽快な曲やアップテンポの曲を入力する彼と、しっとり系やバラードがすきな私。意識しなくても選曲は自然と住み分けがされていた。
夏に繰り返し聴いていたフレーズが彼の口から、彼の声で聞こえると改めてキュンとした。ああすきだ。伝えたい。でも怖い。片恋が砕けるのが怖いのもあるけど、それ以上にこの想いたいように彼を想う世界が壊れるのが怖い。
彼に惹かれそれを現したい気持ちと、伝えることを我慢する気持ちの綱引きに忙しくて、カラオケはあっという間に終わった。
「あー歌ったー!」
満足そうな顔で伸びをする彼の隣で相槌を打った。
「流樹くん、声甘いよねー。保育園ではそんなに思わなかった」
「はー?童謡と一緒にしないでくれるー?」
心のなかで毎日彼の名前を呼んでいるお陰で、名前呼びに抵抗がなくなった。笑いあいながら、薄暗くていい雰囲気のイタリアンに入った。
「オレ、決めたわ。ピッツァ。はい、凛花ちゃん」
「え、もう!ちょっと待ってね!」
「いーよ。会議の時のケーキ選びも超迷ってたよなー。懐かしいな、皆元気?」
毎回会議の時は誕生月の先生を祝う意味も込めて、ケーキが出されるのだが、ケーキの種類が多く、選ぶのが楽しみであり、けれど待たせないように早く選ばなくちゃと焦って選ぶのであった。それは今も変わらない。彼は私とは反対にいつもさっと決めていたっけ。待たせないように慌てて決めてメニューを注文した。
「元気だよ。うめ組の子らも幼児っぽくなってきたし。運動会のポンポンかわいいよ」
「そっかー。運動会見に行くつもりだから楽しみだわー」
うめ組は去年彼が担任していた現3才児クラスだ。
「そーいや、鼓隊は誰がメジャーやんの?」
鼓隊とは、5才児がする鼓笛隊の略。バトンでリズムをとるメジャーを筆頭に、大太鼓、シンバル、ティンバレスの3トップ、残りは小太鼓で構成された運動会の花型種目だ。
「あらたくんだよ」
「へー意外」
「村野先生、あらたくんお気に入りだから」
もちろん実力も鑑みるが、一般社会と同様、選考には贔屓も入る。今年度5才児担任の村野先生に限らず、珍しいことではない。
「鼓笛って見た目っつか何担当しているかだけで差が出るよなー。うちの園は鼓笛隊なくて和太鼓でさ、皆同じ楽器を叩くんだ。平等って感じでいいよ」
「へぇ、和太鼓なんだ」
想像がつかなかったが、階級世界の鼓笛隊とは全然違うのだろうな、と思った。けど、階級があるから上位に立てる喜びや特別感を味わえるのも悪くはないとも思う。まあ自分は小太鼓平民で、王であるメジャーになることは無いだろうけど。
「そうそ。良かったら見に来いよ。他園のって勉強にもなるし」
他園じゃなくて、他園で働く彼の姿を見たくて、日付を聞いたが、土曜出勤の日で行けなかった。その後、彼の仕事の話を聞いたりしたが、内容より彼が生き生きして話す姿に見とれている私がいた。
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