第二章『幸福恐怖症』

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 『晴斗から話を聞いているよ、美天さん。いつも息子が本当に世話になっています』  晴斗の両親は、以前から聞いていた通りの好ましい人達だった。  大学病院の精神科医である父親は、物腰の柔らかさと落ち着いた声が晴斗とよく似ていた。  『美天ちゃんね! 晴斗から聞いた通りの、純で優しい感じの素敵なお嬢さんだわ! 晴斗、メールや電話すると必ずあなたのことを惚気るのよ?』  母親は児童精神科クリニックの臨床心理士で、明朗な笑顔と話し方が心地良い。  優しげな美しい顔立ちは、晴斗にそっくりだった。  『ちょっと母さん』  晴斗の両親は、本当に穏やかで優しい人達だった。  話でよく聞くように、恋人の両親との顔合わせは、強い緊張と心構えを強いられる。  もし恋人の両親が怖い人だったり、それこそ第一印象で嫌われてしまうものなら、交際反対と関係崩壊の危機にも発展しかねない。  しかも美天は、心優しくて知性も美貌も兼ね揃えた晴斗に相応しい恋人としての自信も誇れる魅力は、自分にはないと思っていた。  しかし、緊張する美天を励ます晴斗の言葉通り、全ては杞憂に終わった。  「晴斗のお父さんとお母さん、本当に優しくて素敵な人達だった・・・・・・晴斗が今みたいに育ったのは、分かるかも」  「美天のお父さんとお母さんも、穏やかで優しい人達だったね。美天を生み育ててくれた二人には、感謝してもしきれないよ」  幸い、晴斗の両親は息子のである美天を、心から気に入った。  さらには、美天の両親とも仕事と趣味の話で意気投合したのだ。  晴斗のように素晴らしい息子を育てた両親も、素敵な人達に違いない、と思っていた。  両親は想像以上に優しく、美天に強い好感を示してくれたため、拍子抜けしたくらいだ。  双方の親は、我が子の交際相手を互いに認め合い、仲良くなるというここまで円満な展開に至るとは。  「もう晴斗ってば・・・・・・でも、ありがとう・・・・・・あ、ごめん。それで話って・・・・・・?」  「うん・・・・・・あのね美天」  場面は変わって、夕焼けの帰路にて。  一度棚上げにしてしまった本題へ戻った頃、美天は藍百合アパートの部屋の扉まで到着した。  交際を始めてから、晴斗は逆方向にある美天のアパートまで、わざわざ送ってくれるようになった。  最初は大変だからいいよ、と美天は遠慮した。  しかし「少しでも長く美天と一緒にいたいからだけど、だめかな?」、と言われて断れるはずがない。  毎回必ず夕方の暗くなる前に帰らせてくれるのも、美天の部屋には上がらないのも、交際前から変わっていない。  紳士的な晴斗の気遣いは、自分が大切にされているという実感を与えてくれた。  ただ最近は、晴斗の優しさに時折不安を覚えた。  晴斗に窮屈な思いをさせていないかと。  しかし、胸に燻る不安を感謝で覆い隠しながら話を促す美天に、晴斗は意を決して切り出した。 .
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