第二章『幸福恐怖症』

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 三浦咲は、自分を傷つけてきた相手の正体を明かすことを、最初は恐れていた。  沈黙を頑なに貫く彼女の態度に、胸騒ぎを覚えた美天の勘は、晴斗の分析による想像と一致した。  両親の眼を気にせずに、彼女が安心して話せる場所へ連れて行った美天と晴斗は、慎重に話を伺った。  本来であれば先輩へ事前の相談もなく、本人への聞き取りを行うのは、不文律違反だ。  しかし一刻の猶予もなく、二人の予感通り家族が彼女を虐待していたとなれば、そのまま彼女を帰宅させたくはなかった。  「咲ちゃんは優しくて、勇敢な子だったよ・・・・・・」  本当なら言えるはずがない。  よりによって、血の繋がった優しそうな父親が、我が娘を鬼のように(なぶ)るなんて、誰が想像つくだろうか。  口にするのもおぞましい行為を実の父親にされたなんて、家族を想う子どもなら嘘でも口に出せない。  「僕もそう思う。声に出して言えなかった咲ちゃんは、勇気を振り絞って僕達に打ち明けてくれた・・・・・・きっと今後も思い出したり、深い後悔で辛くなる事はあると思う・・・・・・それでも、二人は乗り越えていけるかな・・・・・・っ?」  「きっと、今後も僕達の助けを必要とする時もある。そんな時は声をかけて、力になろう」  被害者としてではなく、生還者(サバイバー)として――三浦咲と家族の未来を案じながらも、希望を捨てない晴斗の言葉は、美天の胸を打つ。  「本当にありがとう、晴斗。咲ちゃんを・・・・・・『かわいそうな子ども』で終わらせようとしなくて」  美天にとっても、救いとなる言葉だった。  涙は零していないが、震えた声で感謝を紡ぐ美天に、晴斗は微笑む。  「当たり前だよ。を憐れんだりすれば、それこそ侮辱に繋がってしまう から・・・・・・にも、ね」  晴斗の意味深な台詞に、美天が首を傾げた瞬間――氷の空気に喉を掴まれたような窒息感に見舞われた。  「晴斗・・・・・・?」  暑いわけでもないのに湧き溢れる汗と動悸は、強い緊張と焦燥を示す。  晴斗の声も眼差しも、この上なく優しい。  しかし、この時何故か、初めて・・・・・・。  「休憩はお終いだね。行こうか、美天」  晴斗は悠々と立ち上がると、美天へ手を差し伸べた。  美天は、改めて晴斗の顔を見上げた。  そこには、普段と変わらない柔和な花の微笑みが咲いていた。  多分、自分の気のせいだったに違いない。  きっと、三浦咲の件で普段より神経質(ナーバス)になっていたせいだ。  美天は憂いと違和感を、心から振り捨てた。  「そうだね、ありがとう晴斗」  太陽のぬくもりを帯びた晴斗の手を取った美天も立ち上がった。  果たして、誰が気付けるのだろうか。  花壇に咲く花の位置の、微妙なズレを。  清美な花に忍び寄る、虫と雑草の気配に。  いつのまにか散落した、花びらの名前を。  * .
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