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「僕には好きな人がいるから・・・・・・他の女の子とは、嘘でも付き合えないんだ」
申し訳なさそうに言い放たれた台詞に、まくしたてていた実里は、遂に言葉を失った。
「とにかく・・・・・・ごめんね」
雛子と実里の切実な想いを考慮すれば、彼女達には辛いだろうが、自分に嘘はつけないのだ。
自分の眼差しと言葉は真剣だ、とようやく悟ったらしく、実里は無言で去った。
今頃、実里の胸には言葉にならない悲憤と微かな罪責感が、糸のように縺れ渦巻いている。
意気消沈した小さな背中を見送ってから、溜息を零す。
「晴斗・・・・・・」
屋上の夕闇から親しみ慣れた、か細い声は聞こえた。
いたたまれなさそうに揺れる気配は、晴斗の背後へゆっくり迫ってきた。
ああ、ちょうどよかった。
「美天・・・・・・」
夕陽を背に振り返った晴斗は、白百合の微笑みを咲かせた。
優しく細められた瞳に映る美天は、泣きそうな眼差しで見上げていた。
*
頭が重い。両眼が熱い。心臓が痛い。
瞳の奥から今にも溢れそうな何かを堪えるのが、精一杯だ。
何故、この最悪の時期に、屋上へ来てしまったのだろう。
どうして聞きたくもない事実へ、耳を傾けてしまったのだろう。
あのまま、立ち去っていればよかったものを。
『僕には好きな人がいるから――』
決して聞き間違いではない晴斗の台詞は、脳内で繰り返し響き渡る。
晴斗の気持ちを聞いた河田実里の絶望と恐怖に慄く表情、去り際に溢れた悲憤の涙は、焼き付いて離れない。
美天は・・・・・・美天だからこそ、痛いほど想像できる。
恋する人と結ばれない理不尽。
喪う悲しみを背負わせたくないという、相手への罪責感。
血の滲む努力と我慢の末に、未来すら奪われる絶望感を。
なのに、美天は最低だ。
「来てくれたんだね、美天」
「うん・・・・・・それより、よかったの・・・・・・?」
「ああ。河田さんのことかい。いいんだよ。こうするのが一番いい」
自分は救いようもないほど、残酷で穢らわしい人間だ。
たとえ振りでも晴斗が雛子の恋人になることを、頑なに断ったことに、心底安心した自分がいた。
雛子の悲嘆と絶望で成り立つ喜びだ、と知りながらも。
「一つ訊いても、いい?」
「いいよ」
「どうして・・・・・・実里ちゃんの頼みを断ったの?」
か細く震えた声で問う美天に、どことなく責められているように感じたのか、晴斗から微笑みが消えた。
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