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「美天が僕だったら、どうしていた?」
「え・・・・・・?」
「余命の短い患者さんに恋人になってほしい、と懇願されたら・・・・・・君は聞いてあげるの?」
静謐に澄み渡る声で逆に問われた美天は言葉を失う。
透明な眼差しを感じる中で逡巡した美天はおずおずと答えた。
「どうしても、最後だって頼まれたら、一日くらいなら・・・・・・「だめだよ」
普段の晴斗らしからぬ鋭い声は、冷凛と諫めた。
今まで相手の言葉を遮るような真似をしてこなかった晴斗に、美天は少なからず動揺した。
「だめ、なんだよ。仮に相手の希望を叶えることに承諾して・・・・・・他の患者からも、同じことを要求されたらどうするんだい?」
「それは・・・・・・」
「しかも、その相手が美天の立場を尊重してくれる人、年齢や性別の面で美天に好ましい人とは限らない。そしたら、何故『この人は良くてあの人は駄目なのか』って」
晴斗の正論に返す言葉もなく、美天はただ納得するしかなかった。
晴斗の言う通り、全ての患者の全ての希望に応えるのは、現実的ではない。
そんな当たり前に、美天は内心打ちひしがれた。
医師は治療と診察、PSWは治療と入退院、生活に関する相談支援といったように『役割』がある。
自分の役割と力量を超えた行為をすれば、本来の業務も他の患者への公平性も崩れてしまう。
少し冷静に考えれば分かる事柄を失念した美天は、己の未熟さを痛感すると共に、自己嫌悪へ駆られた。
「ごめんね、美天。でも、僕は・・・・・・自分の気持ちにも、嘘はつきたくないんだ 」
晴斗の言葉は、美天を安堵と絶望を同時に与えた。
晴斗には、誠を貫きたいほどに恋い慕う相手が他にいる。
揺るぎない事実は、断崖から深淵へ突き落とされたような衝撃を与えた。
「ごめん、なさい、晴斗・・・・・・私、そうだよね・・・・・・晴斗の気持ちを考えてないことだった・・・・・・私達を必要とする患者さんは、一人だけじゃないのに・・・・・・」
否、そもそも最初から自分のような人間は希望し、絶望すること自体が、間違っているかもしれないが。
今の謝罪も、患者や晴斗のことを思ってではない。
ただ許されたい、嫌われたくないという恐怖から零れたものだ。
「いいんだよ。美天なら分かってくれると思ったから話したけど、僕こそ言い方がきつくなってしまって、ごめんね」
「ううん、晴斗は大切なことを教えてくれた・・・・・・私を心配してくれたんだよね?」
自惚れているような言い方で気が引けたが、晴斗の諫めるような言動は、美天を心配してのことだと伝わった。
普段から美天は、患者との雑談が不器用だ。
しかし、相手に対する共感と尊重は強い、と晴斗は認識していた。
美天の優しさは、長所であると同時に、彼女自身を潰しかねない諸刃の剣だ。
「もちろんそれもあるけど、正直落ち込んだ。美天は平気なのかなって・・・・・・僕が他の女性と付き合っても」
「平気なわけないよ! ・・・・・・って・・・・・・晴斗」
晴斗の何気ない台詞、頭で考えるよりも先に零れた本心に、美天は直ぐ我に返った。
今さっき、晴斗も自分も何を言ったのか。
呆然と立ち尽くす美天の戸惑いを、晴斗は代弁する。
晴斗の微笑みは優しくて、瞳はいつになく真剣だった。
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