第三章『絶望の先』

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  時は遡って――十二月十六日。  「お疲れ様、美天。これから一緒に昼食にしよう」  「あ・・・・・・晴斗? ごめんなさい・・・・・・ついさっき、先に食べ終わってしまって」  「そうなのかい?」  「うん。ちょっと、担当の羽柴・幸雄さんとご家族さんとの面談で難航していて・・・・・・早めに確認したいことがあったから・・・・・・ごめんね」  「いいんだよ、そういうことなら。でも、休める時はゆっくり休んでおいてね」  「ありがとう、晴斗・・・・・・」  晴斗から、クリスマスの有給休暇を利用したドイツ旅行の券が入った封筒を、渡された後日。  美天は、職場で晴斗を避けているように見えた。  事務を一段落させた晴斗が声をかけても、美天は先程のように他用を理由に断る。  美天は、心底申し訳なさそうに謝るのみ。  「何だか朝比奈さん元気ないね・・・・・・一体、どうしたんだろう」  最近、美天の様子がおかしいことに晴斗だけでなく、一部の同僚も薄々気付いていた。  どこか、上の空に見える。  事務や談話をこなしているようで、時々瞳は虚ろな次元を彷徨っている。  あいさつや世間話を交わす際に見せる笑顔も、無理しているようで、見ている側が痛々しく感じる。  先輩PSWの小倉先輩は、美天にさりげなく声かけをし、一人で抱えないようにと遠回しに励ます。  しかし職業柄や立場もあって、本人から悩みを打ち明けたいと思わない限り、相手から無理に訊き出す真似はできない。  それは、恋人である晴斗も例に漏れない。  無理強いな態度は、かえって相手の心を頑なにすることも、熟知していた。  『お疲れ様、美天。忙しいとは思うけど、僕でよければ、何時でも話を聞くから。一人で抱え込まずに、ゆっくり休んでね』  患者と家族の面談を終えた美天の(デスク)の引き出しには、メモ書きと共に一粒の飴玉が入っていた。  最近、顔を合わせてゆっくり話す時間が取れない美天を、労ってのことだろう。  美天は、晴斗の残したメモを無造作に外套(コート)のポケットへ入れ、飴玉を口に放り込んだ。  甘党の彼が好きな、クレームブリュレ飴の優しく濃厚な風味が口の中で溶けていくと、眼底はツンと熱くなった。  夕方に勤務を終えた美天は、事務所に残った同僚にあいさつすると、晴斗を待たずに病院を後にした。  最近、晴斗は父親の知り合いの夜間クリニックを手伝っているらしい。  きっと、旅行を楽しむ資金集めも兼ねて。  「・・・・・・晴斗・・・・・・っ」  外一面は、灰白色の雪世界に染まっていた。  雪の向こう側から白い夕陽が眩かせていたが、霞んではかき消されていく。  霧のように容赦なく降り注ぐ雪の中、美天はぼんやりと浮かぶ外灯を頼りに、最寄り駅を目指す。  ギリギリの刻限の電車へ慌てて駆け込んだ美天が向かうのは、青百合駅から特急電車で三十分先にある、中央王百合駅。  王百合市は百合島の中心的な発展都市であり、他所の島から訪れた観光客から大企業、大学関係まで、数多の人間や商業が最も集中している。  かつて、美天の通っていた百合山大学のキャンパスも、王百合市にある。  二年ぶりに訪れた王百合市の賑やかな街並みの明るさ、人々の波に懐かしさと共に圧倒されながらも、足を急がせる。 .
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