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バーガー店を後にした美天は、脇目も振らずに駅へ駆け込んだ。
三十分が一時間長く感じた孤独で寒々しい帰路を通って、ようやく自宅アパートの部屋へ辿り着く。
廊下で、頭巾を目深く被った隣のひきこもり男とすれ違ったが、あいさつする余裕もなかった。
手の震えと焦燥で鍵を開けるのに手間取っていると、隣の佐々木は扉の隙間から顔を覗かせた。
音がうるさかったのか「大丈夫?」、とチェーンロック越しに心配されたが、美天はただ「ごめんなさい」と謝るしかなかった。
佐々木は、美天が消えた扉を訝しげに数秒凝視消した後、直ぐに扉を閉めた。
*
十二月十七日。
「朝比奈さん。今日はもう帰りなさい」
「え・・・・・・? 筒井看護師長。どうして」
「あなたは、今日の自分の仕事ぶりで大丈夫だと、本気でそう思える?」
普段より遅れて午後の昼休憩に入った美天を、筒井看護師長は呼び止めた。
終了時間まで未だ先なのに、退勤を命じられたことに、美天は衝撃を受けた。
困惑顔で問う美天に、看護師長に並んで先輩の小倉は、溜息混じりに告げた。
「今日はどうしたのか知らないけれど、その様子だとちゃんと眠れていないんじゃないの? 仕事にならない状態なら、帰って休息を取りなさい」
「それは・・・・・・でも、未だ事務も終わってないですし」
「朝比奈さん。この仕事はストレスや悩みが絶えないし、私生活の悩みも重なると辛いわよね。だからこそ、スタッフは日頃から自分の心身の健康管理を大切にしないといけないわ。余裕のない職員に、患者さんは安心して支援を頼めると思う?」
優しい声色で厳しく諭された美天は、口を噤んだ。
「分かりました」、と了承すると美天は早退した。
ただでさえ人手不足の仕事場で、周りに心配と迷惑をかけてしまったことは、心から申し訳なくて悔しかった。
確かに、今日の自分は仕事ぶりに精彩を欠いていた。
理由は二人の指摘通り、あれから自力で帰宅した後も、美天は一睡もできなかった。
昨夜から今も食事は喉を通らず、口はカラカラに渇いているはずなのに飲む気になれない。
雪の舞い降りる中、行き慣れたはずの帰路は、一歩一歩が長く険しく感じた。
すれ違う人の群れから、耳障りな笑い声や罵倒の言葉が響く度、心臓を逆撫でられたような緊張と不快感に襲われる。
今のは、私を嘲笑い罵倒していたのではないか。
まさか、自分の穢らわしさが電子の海に群がる好奇の目に晒されてしまったのではないか。
他者の視線が異様に気になり、不合理な被害妄想に蝕まれそうになる。
何とか帰宅した美天は、外套を着たまま力尽きたように寝台へ沈んだ。
しかし、いくら瞳を閉じても眠れなかった。
全身は雪に埋もれたように重く寒々しい。
眠気と疲労感はあるのに、脳内が絶えず緊張と興奮に冷たく燃えている。
一方憔悴している美天に鞭打つように、携帯端末は振動と共にライク受信を知らせた。
受信音の奏でる陽気な音色すら、自分を嘲笑って聞こえた。
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