第一章『純美な友』

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 「が漫画を好きなんて、ちょっと意外かも」  「そうなのかい?」  「まあ、精神医学と福祉、心理学書関連は予想(イメージ)通りだけど・・・・・・『色えんピツちゃん』とか『にゃん右衛門(うえもん)』とか読んで笑っている晴斗がおもしろ・・・・・・想像できなくて」  「ははっ。の僕への認識(イメージ)は、どうなっているのか気になるなぁ」  三月後の初夏、いつの間にか美天と晴斗は、互いを呼び捨てにするまで関係を深めた。  今は、二人がそれぞれ暮らすアパートの近所にある喫茶・薔薇園(ローズガーデン)で、一緒にお茶していた。  薔薇園は、中世欧州風の内装に格調高い百年もの(アンティーク)家具や置物で飾られた、もの静かな喫茶店だ。  欧州の古典文学書やお洒落なポケット図鑑と一緒に、和国の国民的人気漫画の雑誌や単行本が並ぶ本棚、というミスマッチ感が絶妙だ。  彩りの薔薇の花が咲く壁に挟まれた石畳を、少し歩いた先でひっそりと建つ、隠れ家みたいな店だ。  あまり、人に知られていない穴場で客もまばらなので、静かで落ち着ける。  休日は一人で家にひきこもるのも、さりとて街中で人の喧騒に呑まれるのも億劫になりがちな美天のお気に入りの隠れ家だった。  就職と引っ越し当初から常連として通う喫茶店で、新人の同僚と偶然鉢合わせるとは、誰が想像できたのか。  「ごめん、気・・・・・・悪くした?」  「ううん。美天が興味を抱いてくれるのは嬉しい」  「そうなの?」  「美天とは、一緒にいるだけで楽しいけど・・・・・・僕が美天を知りたいと思うのと同じくらい、美天が僕を知ってくれたら嬉しいんだ」  「・・・・・・そ、うなんだ」  混じり気のない眼差しで、気持ちを真っ直ぐ伝えられると、今度こそ美天は息を呑んだ。  返事に窮した美天は、大して興味なさげに頷くのが精一杯だった。  一方晴斗に至っては、変わらず無邪気な眼差しで微笑んでいた。  美天の素っ気ない反応も、彼女の照れ隠しの表れだと見透かしているようで。  晴斗の透き通るような瞳に見つめられていると、何だか恥ずかしくてくすぐったいはずなのに、不思議と安心もした。  いつも、晴斗は優しく微笑んでくれた。  嘘や悪意の芽生えていない赤子らしい純粋さに、人と世の無情を悟る菩薩然とした寛容さが融合しているような、何とも不思議な雰囲気を醸して。  晴斗は自分のことを知ってもらえると嬉しいと言ったが、交流を深める度に、晴斗の意外な一面は次々と発見できた。  一つ目は先述した漫画を、しかも紙媒体で読むのが好きなこと。二つ目は。  「晴斗・・・・・・まさか、それ全部食べるの?」  「うん」  唖然と目を丸くして問う美天に、晴斗は屈託なく肯いた。  質問した時点で、晴斗は既に頬張っていた。  イタリア製百年もの卓上(テーブル)に、夏色の薔薇が咲き描かれた布地(クロス)の上は、彩りのケーキや焼き菓子が埋め尽くすように並んでいる。  美天は、苺タルトとキャラメルティーのセット。  一方晴斗の前には、艶やかなベリーに生クリームをふんだんに飾ったショートケーキ、爽やかな酸味のレモンベイクドチーズケーキ、芳醇なキルシュチェリーを挟んだチョコレートケーキ、虹色のフルーツを贅沢に盛ったタルトが、光り輝くように並ぶ。  さらに、四人がけの席のテーブルを埋め尽くすケーキ達の中央には、一口サイズのサンドイッチにこんがり焼き立てのスコーンやクッキー。  天辺には、限定メニューの小さなすみれケーキが咲いたアフタヌーンティー一式。  「薔薇園のケーキは、どれも美味しいね・・・・・・あ、よかったら美天も一緒に食べるかい?」  「えっと、じゃあ一口だけ味見でいいよ」  二、三度目とは言え、未だ見慣れない光景に度肝を抜かれる。  すっきりした体格に反し、晴斗は少し、否かなりの大食漢だ。  しかも、雑食型の甘党と来た。  「この一週間に一度の楽しみのために、生きている気がするよ・・・・・・美天のタルトはどうだい?」  「ん! こっちも美味しい・・・・・・苺がいっぱいでタルトもサクサク・・・・・・食べてみる?」  「いいのかい?」  物欲しげな子どものように目を輝かせている晴斗を見れば、与えずにはいられなかった。  眺めているだけで夢心地のあまりお腹が膨れそうなのに、全種類の洋菓子を一周試食するだけで、終わりそうだ。  美天の注文したタルトですら、七粒もの苺をラズベリーコンフィで塗り飾り、下にはバニラ豊かなカスタードとアーモンドクリームに香ばしいクッキータルトを合わせて、数センチもの厚さを誇る。  先ずは、自分のケーキを食べ終えることが出来るのか、心配になった。  まあ、万一食べきれなかったら、晴斗は喜んで食べてくれるに違いない。  「この辺り、もらってもいいかな?」、と訊いた晴斗に、美天は快く肯いた。  最初は、遠慮がちに小さめの一口サイズをフォークで切り取った晴斗に、「もう少し食べていいよ」と述べる。  すると、晴斗はパァッと花の笑顔を咲かせた。  普段病院で一緒に勤務する時の晴斗は、落ち着きのある優しいお兄さんという雰囲気がある。  なのに、こうして好物の洋菓子を食べている時は、無邪気な幼子みたいな表情で喜ぶ所が意外で、可愛いとすら思った。  「ありがとう、美天」  「どうしたの? 急にお礼なんて」  「変、かな? でも、美天がこうして僕と一緒にお茶してくれるのは、やっぱり嬉しくて」  三つ目に分かったのは、晴斗は「ありがとう」が口癖になっていること。  ただ一緒に昼食やお茶をすることや、病院での軽いやり取りや些事の手伝いまで、どんな小さなことにも、晴斗は相手への感謝を欠かさない。  多忙で言葉を交わす余裕すらない場合でも、後々感謝や励ましを一言述べてくれる。  人間関係というものは慣れて時間が経ち、当たり前になると、感謝の気持ちすら煩わしくなるものだが、晴斗には当てはまらないらしい。  相手への感謝と敬意を常に忘れないのは、晴斗の美徳であり、美天も好ましく思う。  ここまで素直に感謝されることに、戸惑ってしまう美天は、むず痒い一方嬉しくもあった。  こんな小さなことでも、自分のような人間は必要とされていると、実感できる。 .
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