一章

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 急に暗くなった視界に何かあったのかと目を開けると、そこには僕の通う学校の制服を着た、見知らぬ女の子が僕の顔を覗き込んでいた。 「あ、生きてた」 「勝手に殺すなよ」  初対面とは思えない言葉をかけてくるその少女に、売り言葉に買い言葉で僕も同じような言葉を返す。  そんな僕の言葉を聞いた彼女はなぜだか楽しそうに笑うと、前かがみになった体勢を戻して、ハンドジェスチャーで横に寄れと伝えてくる。  彼女のその有無を言わせない笑顔に、僕が渋々体を起こしてベンチの端に座ると、彼女はベンチの真ん中に堂々と腰を下ろす。 「ここ、もしかしてあんたの特等席だった?」 「『あんた』って今どきそんな言葉使う? 私は西園寺 霞。景色が霞むって書いて霞」  ショートヘアーの彼女は、僕の言葉を聞いて楽しそうに自己紹介を始める。 「僕は桜ノ宮 薫。薫製って書いて薫」 「薫か、いい名前じゃん。それで薫はどうしてこんな所に居るの?」  彼女に合わせて僕が自己紹介をすると、彼女は初対面だとは思えない口調のまま僕の名前を呼び捨てにしてくる。 「僕はサボってるだけだよ。西園寺さんこそ、こんな所に居ていいの?」 「ちょっと、急に常識的にならないでよ。せっかくミステリアスで良い雰囲気だったのに……」  ミステリアスと告げる西園寺さんは、口先を尖らせると不貞腐れた子供の様に僕から視線を逸らす。 「はぁ、分かったよ……それで、霞どうしてこんな所に?」  霞のその態度に、僕はため息をついてから、仕方なく彼女と同じ様に話始める。 「私も薫と同じで只のサボりだよ」  僕がため息をついたことも気にしない霞は、あっさりとサボりと言い、先程の僕の様に空を見上げて温度の無い声を返してくる。 「……それで、同じ学校の人を見つけたから声をかけてみたと?」 「そういう事、それにこの公園は私のとっておきの場所なの。だから他に行く当てもないしね」  霞の口調からして彼女は相当サボり馴れているのだろう。だからこそ僕も霞もサボっている理由まで聞く勇気はなかった。 「女の子1人でよくやるよ。僕が不良だったらどうしてたんだか」  僕がそう呟いて背もたれにもたれ掛かると、足をプラプラと交互に揺らしていた霞はその足を止め、きょとんとした顔で僕の顔を見つめた後に、声を出しながら大笑いをする。 「あはははは! ひぃーおかしい」 「なんだよ急に……」  霞は急にお腹を押さえながら笑い始めて、ヘアピンで止めた前髪以外を綺麗に揺らす。 「だって、こんなに色白で細い体してる不良なら、私にだって勝てるよ」  霞は笑いながら僕の腕を持つと、細さを確認する様にグッと僕を体ごと引っ張って、何度も首を縦に振る。  腕を引っ張られて体勢を崩してしまった僕には、まだ笑い続けている霞に何も言い返すことが出来なくて、その事が無性に面白くなって、僕まで笑ってしまう。 「それもそうだな」  彼女につられる様にして僕が笑っていると、いつの間にか落ち着きを取り戻していた霞が優しい目で僕の顔を見つめていた。
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