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第三章 殺人鬼の陰 3
「なんだか物騒なことになって来たね、合宿大丈夫かな」
鈴が夕香に話しかける。
「強姦殺人魔か、危険な雰囲気がプンプンするね。しかも同じ街で起きてるし、こりゃ気をつけなきゃいけないかもよ」
いつもは冗談で受け流す夕香が、今夜はなぜか真面目な顔で応える。
「健一たちが夜警をしてくれることになったけど、なにせ相手は殺人犯だからさ。そこらの不良の喧嘩みたいにはいかないわ、なにも起きなきゃいいけど──」
「やだ夕香ったら、怖がらせないでよ」
鈴が夕香の腕をつかむ。
「あはは、ごめんごめん冗談よ。こんなに大人数なんだもん、向うだって下手に手出しできないって。単独行動さえ取らなきゃどうって事ないよ、安心しな」
夕香は笑っているが、鈴は妙な胸騒ぎがして笑う気にはなれずにいた。
「おいみんな、今日の風呂はちょっと大人数になるが、二班に分かれて行くことにする。第一班は麗子先生と住職の了海さんが同行してくれる。第二班は俺が引率する、先に行きたい者はすぐに準備をしろ、十分後に出発だ」
晃彦が声を掛ける。
「さあみんな、わたしと一緒に行く人は誰かな。八人選んでちょうだい」
麗子の元に、すぐさま生徒たちが集まる。
「なるべく早い時間がいい、遅くなると怖いもん」
「強姦殺人犯でしょ、気持ちわるーい」
口々にぶつぶつ言いながら、洗面道具を手に持っている。
「じゃあぼくは男子に声を掛けて来ます、十分後に境内で集まりましょう」
そう言って晃彦が本堂から出て行った。
その夜はみんなの心配をよそに、寺ではなにごとも起こらずに朝を迎えた。
しかし町では第二の殺人事件が発生していた。
早朝五時前に、海岸沿いの地域はけたたましいサイレン音に包まれた。
砂浜の片隅にある掘っ立て小屋で、少女の遺体が発見されたのだ。
地元の学校に通う高校二年生の少女で、強姦されたうえで首を絞められ殺害されていた。
浜を見回っていた漁業組合の人間が発見したのだという。
サイレンの音で目覚めた生徒たちは、何ごとが起きたのかとみな海岸まで降りて行った。
辺りには十台近いパトカーが、赤いランプをチカチカさせながら停まっていた。
まだ遺体はその場にあるようで、掘っ立て小屋の周りは青いビニールシートで厳重に囲まれている。
一台の救急車が小屋の直近まで来て停車する。
中からシートに包まれた何かが、警官たちによって運び出され救急車に乗せられる。
そのシートに縋りつくように中年の女性が泣き叫んでいた。
その女性を抱きかかえるようにして、同年代の男性が寄り添っている。
多分被害に遭った女子高生のご両親なのだろう。
「マジやばくない? こんな近くで事件が起きるなんて、怖くて出歩けないわ」
「昼間だって集団行動しなきゃ、どこにも行けやしない。早く犯人捕まらないかしら」
そんな光景を目の当たりにして、女子生徒たちはみな顔を真っ青にして震えている。
中には泣き出す者もいた。
「やっぱよ、俺たちも今夜から夜警に参加しようぜ。女子たちになんかあったら大変だからな。バットとか鉄パイプも探しとこう、素手じゃ怖ええよ」
「そうだな。岡部くんたちだけに負担はかけられねえ、俺も参加するよ」
「なあに、相手がいくら凶暴でもこっちは数がいるんだ、負けやしねえさ」
男子生徒は口々に、今夜からの夜警の参加に言及している。
三十人以上の若者の集団に向かって、二名の私服刑事らしい恰好の人物が近づいて来る。
中に混じっている了海和尚に気付くと、柔らかな笑みを見せながら頭を下げた。
「朝早くからお騒がせします、しかし事件が事件なだけに我々もてんやわんやな状態です。犯人は間違いなく本丁筋と同じやつだと思われます」
背の低い年配の方の刑事が、事情を説明する。
「こりゃあ大変ですな大野さん、署始まって以来の大事件じゃないですかな。こんなのんびりとした所で連続殺人とは、わたしも初めて聞く」
「そうなんですよ。緊急非常線を張り県警からも応援が来て、必死に捜査中なんですが又こんな事になってしまいました。午前中にも捜査本部が、川浦署に設置されることになっています。所でこの若者たちはどなたですか?」
大勢の高校生らしい集団を見て、大野と呼ばれた刑事が尋ねる。
「わしの寺でお預かりしている高校生たちです、夏合宿をしているんですよ。それがよりにもよってこんな物騒な事件が起きるなんて、思ってもおらなんだ」
「そうですか。せっかく川浦町に来てくれたってのに、殺人事件が起きてしまい申し訳ないですな。署員に夜間になったら寺の付近を、何度かパトロールするように言っときましょう。若い娘さん方がいらっしゃるんだ、狙われでもしたら一大事ですからな」
「そう願えれば助かります、どうかよろしく頼みます」
隣の背の高い若い刑事が、了海の後ろに立っている男女をじろじろと観察している。
「住職、こちらの方は」
「ああ、紹介が遅れましなた。生徒たちを引率してこられた先生方です。こちらはわしの甥で柴神晃彦、お隣は内海麗子先生です」
「柴神と申します、T県立花﨑台高等学校で美術教師をしています」
晃彦が刑事たちに挨拶をする。
「内海です、同じく科学教諭をしております」
しとやかな中にノーブルな美しさを持つ麗子に、若い刑事がしばし見惚れていた。
「おい桑原、お前なにボーッとしているんだ。仕事中だぞ、しゃきっとせんか」
「あ、はっ、すいません」
ボサボサの髪を掻きながら、桑原がペコンと頭を下げる。
「早く犯人を捕まえて下さいね、女子生徒たちが怖がって大変なんです。夜は男子生徒の有志が夜警をしてくれるんですけど、やはりまだ子どもですし何かあってはご父兄に対して申し訳が立ちませんから」
綺麗な二重の瞳で見詰められ、桑原は顔を真っ赤に染めている。
「せ、生徒さんたちだけじゃなくて、先生もお気を付けください。綺麗な女の人は狙われやすいですから。あっ、申し遅れました、川浦署の桑原正一です」
しどろもどろになりながら、桑原が敬礼する。
「まあ、綺麗だなんて──」
麗子が恥かしげに俯く。
「こら桑原、勤務中にナンパか。上に報告しちまうぞ」
「な、なに言ってんですか大さん。そんな事してないですって」
慌てて桑原が首を振る。
「それにな和尚、厄介なことにもう一つ事件が起きちまってるんだ。昨日静岡刑務所から凶悪犯が三人脱獄して行方が分からない。まあ距離は離れてるからここは問題ないと思うが、万が一ということもある。悪いことには悪いことが重なるというし、そっちも安心はしちゃおれん。寺の方でも警戒してくれ」
大野が追加の情報を伝える。
「脱獄? ハリウッド映画じゃあるまいし、一体どうなっているんだ。もうちょっとしっかりしてもらわなくっちゃ困るぞ」
了海の顔が思いっきりしかめられる。
「なんとも言い訳のしようがない、市民には迷惑ばかりかけて警察の面目が立たんよ」
「海のないT県から来てもらい、思いっきり夏を楽しんでもらう積もりじゃったのに。これじゃ警戒するために、わざわざここまで来てしまったも同然じゃないか。思い出は思い出でも悪いことばかりだ、かなわんな」
咎めるように了海が大野の顔を睨む。
「とにかく夜には、寺の近辺は特に念入りに警戒しましょう。くれぐれも生徒さんたちには気を付けるよう指導して下さい。じゃあわたしはこれで」
了海に軽く手を上げ、大野が背を向けた。
「内海先生も、くれぐれも気を付けて下さい」
そう言いながら、桑原がポケットから名刺を差し出す。
「わたしの携帯番号も記載してあります、なにかありましたらすぐにご連絡ください。飛んできます、それでは」
再度敬礼をし、桑原が大野の後を追う。
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