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忠誠式の開始時刻となった。
会場は高千穂に設えた、天安河原である。
独特の聖なる雰囲気を持たせたこの場所には、各地から大勢の国つ神が集まっていた。
一様に無言である。
誰もが新たな統治者となる天つ神の登場を待っていた。
式を進行するのは、思金神であり、思金を囲むように、天児屋命、布刀玉命、天宇受売命、神天手力男命、伊斯許理度売命、玉祖命そして天岩戸別神が立った。
「天照大御神は御孫であらされる邇邇芸命に、この地を託された。平和と繁栄が約束される」
思金は国つ神を一旦見回してから、高らかに言い放った。
「皆の者、邇邇芸命に頭を垂れて、忠誠せよ!」
前に進み出た邇邇芸命に、集まった国つ神らは周りの様子を伺いながらも、頭を垂れた。
突如、日差しが陰り始めた。ヒンヤリとした風が吹き始め、除々に気温も下がっていく。
国つ神らは、突然暗くなった異変に落ち着かぬ様子となった。
邇邇芸命が天を仰ぎ、困り果てた表情で叫んだ。
「何ということだ! 国つ神らの忠誠心に天照大御神が疑問をお持ちなり、お怒りになっている! 罰を与えるおつもりだ! 急ぎ、神事の支度をせよ!」
思金の周りで控えてたい各神が、慌ただしく動き始めた。
国つ神は、オロオロするばかりである。
またたく間に日が陰り、辺りは真っ暗闇となった。所々で、悲鳴も上がっている。
布刀玉命が榊の玉串を捧げ持ち、天児屋命は天照大御神を称賛する祝詞を奏上した。
伊勢から舞い戻っていた天宇受売命は、胸がはだけぬ程度に神楽を舞った。
邇邇芸命は打ち合わせ通りに、天岩屋に向かって声をはりあげた。
「どうぞ怒りを鎮めて下され、天照大御神。国つ神らも忠誠を誓っておりまする!」
国つ神も天岩屋に向かって、口々に懇願した。
「お許しくだされ、天照大御神!」
「我らの忠誠心に偽りはございませぬ!」
「太陽神、偉大なり」
天照大御神は天上の高天原で天岩屋に籠もり姿を隠したので、世の中が暗闇となった。
事前の打ち合わせ通りであった。
ただし、天照大御神もお忙しいこともあり、そう長い時間ではない。
次第に暗闇が薄れ、明るさが戻った。
「ワレの言葉をお聞き入れくださり、御礼申し上げます」と邇邇芸命が叫んだ。
国つ神らも続けて、感謝の意を唱える。
「御礼申し上げまする」
「我らは忠誠を誓いまする」
国つ神は安堵した。
天照大御神の怒りを、素早く鎮めた邇邇芸命や天つ神に注ぐ眼差しには、畏敬の念が込められていた。
思金らの発案による策は、見事に成功を収めた。
式の後は、それぞれの随行神の元で、体験型の教えの場が設けられた。後世の言葉を借りるなら、ワークショップである。
天児屋命は祝詞を、布刀玉命は玉串の作成方法及び捧げ方、天宇受売命は神楽舞を伝授した。
伊斯許理度売命は鏡の製造方法を、玉祖命は神力を持つ勾玉の作り方を指導した。
天岩戸別神は、注連縄の効能や具体的な祀り方を伝えた。
其処此処で、天照大御神の祀り方を熱心に学ぶ国つ神を眺めて、思金が邇邇芸命に囁やいた。
「若、ようやりました」
それぞれの地に、国つ神は戻る。それぞれの地で天照大御神を祀る神事は、滞りなく伝え広まるだろう。と機嫌が良い。
邇邇芸命は、さりげなく思金に言いつけた。
「思金、大山津見神をワレに紹介してはくれまいか」
先日より、邇邇芸命の心から離れぬ木花之佐久夜毘売の、父神の名を告げた。
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