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ほどなく、天岩屋を背に立つ邇邇芸命の元へ、思金神が男神を伴い現れた。
「こちらが、大山津見神でございます」
思金の紹介によれば、大山津見神は伊邪那岐命と伊邪那美命の神産みの際に、地上の山々を守り支配する自然神として生まれた。
名の通り、大いなる山の神である。
「天照大御神の御威光に感服致しました。今後は天孫であらされる邇邇芸命に従う所存であります」
挨拶をする大山津見の口調は穏やかだが、眼光は鋭い。
山は地域に多大な恩恵をもたらす。
大気を清浄にする樹木を育て、清らかな水を生み、あらゆる生命に恩恵を授ける。
だが、ひとたび山の神の怒りに触れれば、壮絶な罰が下される。山は火を噴き、辺りを焼き尽くす。
その激しい神力を内に秘める山の神・大山津見が、忠誠を誓った。
邇邇芸命及び天つ神らにとっては、一安心である。
(美しい木花之佐久夜毘売の父神が、このように重要な神であることは幸いである。木花之佐久夜を正妻として向かい入れるに、なんの不足があろうか)
笠沙の岬での出会い以降、邇邇芸命の心は木花之佐久夜で占められていた。
この機を逃す手はない。
「大山津見神。ソナタの娘・木花之佐久夜毘売を、正妻として娶りたい」
多少唐突であったが、若さゆえの率直さを好ましく受け取ったのか、大山津見は声高らかに笑った。
「天照大御神の御孫であられる邇邇芸命に気に入ってもらえるとは、我が娘ながらアッパレでござるの」
先程の天岩屋神事の効果もあろう。瞬く間に婚姻話がまとまった。
「木花之佐久夜には、姉がおりまする。姉の石長比売も一緒に嫁がせましょう」と、大山津見が機嫌良く申し出た。
木花之佐久夜は、桜の蕾のような清楚さと咲き誇るような華やかさを重ね持つ女神だ。その姉であれば、さらなる美しさを持つのであろうか。
邇邇芸命は幼少より、高天原神殿で美しい女神や品々に囲まれて育ち、審美眼が磨かれた。何よりも美しさを好む。
邇邇芸命は有難く大山津見の申し出を受けた。
「大山津見神の御厚意を喜んでお受け致す。お二人とも末永く大切にすることを約束いたそう」
邇邇芸命の誠意ある受諾を耳にした思金が、嬉しそうに話を引き取った。
「詳しい段取りは、この思金が大山津見神と話を勧めますほどに、邇邇芸命はあちらで国つ神の挨拶をお受けください」
思金の指し示す方を見やると、何人かの国つ神がこちらの様子を伺っていた。
邇邇芸命は大山津見に目礼すると、「良きに計らえ」と思金に告げてその場を離れた。
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