14人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
誤算
上の空とは、まさしく邇邇芸命の朝からの様子であった。
天宇受売命が、神楽面について見解を述べているのだが、何度も聞き返している。
「若、また後日お伝えします。心ここにあらずのご様子ですので」
「ん? もう一度言ってくれ。何と申した」
天宇受売は、肩をすくめて頭を左右に振った。
大山津見神の娘姉妹が輿入れする日だった。
皇后として、妹の木花之佐久夜毘売。
后として、姉の石長比売。
思金神が赴き、花嫁一行を高千穂宮まで先導する手筈となっていた。
邇邇芸命は自ら迎えに行くことを望んだが、「天孫でございますれば」と、高千穂宮の天つ神らは首を縦に振らなかった。
「喜び勇んで駆けつけたなどと、侮られてはなりませぬ」
にわかに高千穂宮に、賑やかな声が満ちた。
輿入れの一行が、到着したようだ。
大山津見は、価値ある品々を邇邇芸命への献上品として運ばせていた。
二人の娘の婚礼調度の品々も、山から切り出された楠や檜が使われ、表面には精巧な彫刻が施されていた。
桜の樹皮を貼って造られた茶筒や小箱も見事であった。
調度品だけでなく、珍味なる山の幸や海の幸も献上され、これらを運ぶ従者で、高千穂宮は賑わった。
大山津見の婚姻に寄せる意気込みに加えて、大いなる山の神として持てる権勢を物語っていた。
邇邇芸命は到着した一行に労いの言葉を掛けて、休息するよう促した。
邇邇芸命の目に映る木花之佐久夜毘売は、常に淡い光に覆われていた。
大勢に紛れていても、すぐに姿を捉えられる。
「木花之佐久夜毘売、待ちわびておった。さぁ、こちらへ」
邇邇芸命は、我慢できぬとばかりに佐久夜の手を引き、一行を離れて己の居室に誘った。
佐久夜も、挨拶もそこそこに、頬を上気させて従う。
居室に入ると、邇邇芸命は佐久夜の桜色に染まった頬を両手で包み、口づけした。
「どれほど、この日を待ちわびていたか、ソナタには分かるまい」
「分かりますとも。ワタクシも同じでございましたもの」
「佐久夜は今日よりワレの妻ぞ。末永く添い遂げようぞ」
「嬉しゅうございます。お約束下さいませね」
傍で聞けば、苦笑せずにはいられぬ甘い言葉を交わしながら、若い二人の男女神は、あれよあれよと云う間に寝台へともつれ込んだ。
最初のコメントを投稿しよう!