誤算

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誤算

 (うわ)の空とは、まさしく邇邇芸命(ニニギノミコト)の朝からの様子であった。  天宇受売命(アマノウズメノミコト)が、神楽面(かぐらめん)について見解を述べているのだが、何度も聞き返している。 「(わか)、また後日お伝えします。心ここにあらずのご様子ですので」 「ん? もう一度言ってくれ。何と申した」  天宇受売(アマノウズメ)は、肩をすくめて頭を左右に振った。  大山津見神(オオヤマツミノカミ)の娘姉妹が輿(こし)入れする日だった。  皇后として、妹の木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)。  (きさき)として、姉の石長比売(イワナガヒメ)。  思金神(オモイカネノカミ)(おもむ)き、花嫁一行を高千穂宮(たかちほのみや)まで先導する手筈(てはず)となっていた。  邇邇芸命は(みずか)ら迎えに行くことを望んだが、「天孫(てんそん)でございますれば」と、高千穂宮の(あま)つ神らは首を縦に振らなかった。 「喜び勇んで駆けつけたなどと、(あなど)られてはなりませぬ」  にわかに高千穂宮に、(にぎ)やかな声が満ちた。  輿入れの一行が、到着したようだ。  大山津見(オオヤマツミ)は、価値ある品々を邇邇芸命への献上品として運ばせていた。  二人の娘の婚礼調度(こんれいちょうど)の品々も、山から切り出された(くすのき)(ひのき)が使われ、表面には精巧な彫刻が(ほどこ)されていた。  桜の樹皮を貼って造られた茶筒や小箱も見事であった。  調度品だけでなく、珍味なる山の幸や海の幸も献上され、これらを運ぶ従者で、高千穂宮は賑わった。  大山津見(オオヤマツミ)の婚姻に寄せる意気込みに加えて、大いなる山の神として持てる権勢を物語っていた。  邇邇芸命は到着した一行に(ねぎら)いの言葉を掛けて、休息するよう促した。  邇邇芸命の目に映る木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)は、常に淡い光に覆われていた。  大勢に紛れていても、すぐに姿を捉えられる。 「木花之佐久夜毘売、待ちわびておった。さぁ、こちらへ」  邇邇芸命は、我慢できぬとばかりに佐久夜(サクヤ)の手を引き、一行を離れて(おのれ)の居室に(いざな)った。  佐久夜(さくや)も、挨拶もそこそこに、頬を上気させて従う。  居室に入ると、邇邇芸命は佐久夜(さくや)の桜色に染まった頬を両手で包み、口づけした。 「どれほど、この日を待ちわびていたか、ソナタには分かるまい」 「分かりますとも。ワタクシも同じでございましたもの」 「佐久夜(さくや)は今日よりワレの妻ぞ。末永く添い遂げようぞ」 「嬉しゅうございます。お約束下さいませね」  (はた)で聞けば、苦笑せずにはいられぬ甘い言葉を交わしながら、若い二人の男女神は、あれよあれよと云う間に寝台へともつれ込んだ。
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