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天宇受売命は、大山津見神の姉娘である石長比売のことが気になっていた。
昨日、三々五々と皆が引き上げた謁見の間に、一人残された石長が所在なさげに佇んでいた。
姉妹とはいえ、石長は木花之佐久夜毘売のような華やかさに欠け、存在感が薄いこともあった。
また、佐久夜毘売を有無も言わさず連れ去る若の姿に、天宇受売が気を取られてしまったこともあった。
慌てて声を掛け、部屋へ案内したのだが。
いずれにしても、申し訳ないことをした。
待ち兼ねた佐久夜毘売を目の前にしたとは云え、邇邇芸命はもう一人の妻にも気配りするべきであった。
天宇受売は石長の朝の様子を見に、居室を訪れたが姿がない。
(はて、どこに行かれたのやら)
執務室の前を通りかかると、邇邇芸命が国つ神から寄せられた陳情書に目を通していた。
昨夜は、木花之佐久夜毘売と契った後で、石長比売を訪ねることになっていた。
若にとって、多忙な一日であったはずだ。
(朝寝をしても、誰も咎めまいに。疲れ知らずなことよ)と、ニンマリしながら声を掛けた。
「若、石長比売の元でゆっくりすれば良ろしいのに」
邇邇芸命は天宇受売をちらりと見ると、「ひどいではないか」と吐き捨てるように言った。
「なにがでございます?」
邇邇芸命は、さもウンザリだと言わんばかりに言った。
「猿田彦の恐ろしい容貌に想いを寄せるソナタには、分かってはもらえぬであろうな」
一瞬考え込んだ天宇受売は、はたと思い当たった。
(石長比売の容姿が、お気に召さなかったのか)
「皇后に美しい木花之佐久夜毘売を娶られました。石長比売は佐久夜毘売の姿に劣らぬ、美しい心をお持ちの后ですよ」
天宇受売は「有形のみならず、無形の美しさにも、目をお向け下さい」と、邇邇芸命を宥めた。
「もうよい。石長は国へ送り返した」
手で払いのける仕草で告げた邇邇芸命の言葉に、天宇受売は仰天した。
「それは誠ですか! なんと短慮な振る舞いをなさる!」
突然の天宇受売の剣幕に、邇邇芸命の方こそ仰天した。
「思金神! 思金神! 大変でございますよ!」
天宇受売は邇邇芸命を怒鳴りつけたと同じ声の大きさで、思金の名を叫びながら走り去った。
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