出産

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 邇邇芸命(ニニギノミコト)から、木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)の懐妊を告げられた天つ神らは、喜び寿(こと)はいだ。  久しぶりの吉報に、張りつめていた会合の場が(なご)んでいく。 「ワカも隅に置けませんね。婚姻前から逢瀬を重ねていましたか」  天宇受売命(アマノウズメノミコト)の何やら含みのある言葉に、天つ神らが笑った。  邇邇芸命が笑いの意味が分からずにいると、思金が天宇受売命(アマノウズメノミコト)を叱った。 「天宇受売(あまのうずめ)(わか)をからかうでないぞ」  思金は訳知り顔で(うなず)くと、邇邇芸命に「気になさいますな」と言った。 「若き男神でありますれば。大山津見神(オオヤマツミノカミ)も細かき事は、申しますまい」  どうやら、懐妊報告を受けた一同は、邇邇芸命が婚姻前から佐久夜毘売と逢瀬を重ね、契りを交わしていたと思ったようだ。  (いな)である。  邇邇芸命が佐久夜と契ったは、婚姻の日が初めてだ。  天つ神らの勘違いは、邇邇芸命にとって思いも寄らなかった。 (すぐには身籠らぬものなのか?)    邇邇芸命は懐妊を知った際の天つ神の反応を、佐久夜毘売(サクヤビメ)に告げてしまった。  天照大御神(アマテラスオオミカミ)の内孫として、高天原(たかまのはら)の神殿で育った。  相手の気持ちを察することに、多少無頓着でもあっても、「上に立つ者は、そのくらいでちょうど良い」と許されていた邇邇芸命である。 「皆は、一夜の契りで懐妊したと信じておらぬ」  邇邇芸命にとって深い意味はなかった。  それ故、「邇邇芸命の御子ではないと、お疑いなのですね」と、佐久夜の瞳を濡らし始めた涙に、驚いてしまった。 「・・・・・・疑うようなことなのか?」  その問いに、佐久夜は目を伏せた。 「ワタクシは悲しゅうございます」  邇邇芸命には、佐久夜の(なげ)きが、全く理解できなかった。  その日以来、佐久夜毘売(サクヤビメ)は外出を重ねるようになった。 「どこに行っておるのか」と問えば、「笠沙(かささ)の岬でございます」と答えた。    笠沙の岬は、邇邇芸命と佐久夜が出会った地である。 「笠沙(かささ)の岬で何をしておるのだ」と問えば、「産屋(うぶや)(しつら)えております」と答えた。  邇邇芸命自身も、国の統治者としての視察も多く、高千穂宮を留守にしがちであった。  また、地上の習わしに(うと)いこともあり、産屋設営については(そのようなものか)と気に留めなかった。    いよいよ出産となった時、笠沙の岬の産屋については初耳だった天つ神らは、一様に首を傾げた。 「高千穂宮でお産みになればよいものを」  不審に感じた天つ神らも、邇邇芸命と共に笠沙の岬に駆けつけた。  佐久夜毘売(サクヤビメ)が設えた産屋は、(ひのき)で造られた小さな高床式であった。  山形の形状をした切妻(きりつま)屋根は茅葺(かやぶ)きで、交差した千木(ちぎ)が屋根の上に乗せられていた。  佐久夜毘売(サクヤビメ)は産屋の前に立ち、邇邇芸命と天つ神らに宣言した。 「誓約(うけい)致します。お腹の子が邇邇芸命の御子であれば、炎の中で無事に出産出来ましょう」
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