天岩戸開き

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 如何に姉を慕っているかを証明できた須佐之男に、天照大御神は高天原での滞在を許した。  須佐之男の折り入っての相談とやらを、神殿にて聞き終えた天照大御神は、左右に小さく首を振った。   「須佐之男よ、ソナタが悪いぞ。父神が御怒りになるのも仕方あるまい」  天照大御神は、「しばらく様子を見るがよかろう」と言った。  頼りにしていた姉が、すぐには父神に取りなすつもりがないと知るや、こらえ性のない須佐之男は、癇癪(かんしゃく)を起こした。 「姉上は、手を貸さぬつもりか」  苛立ちによって(おの)ずと放たれる力は、神殿の床を振動させた。  天照大御神は呆れたように、言い聞かせた。 「須佐之男よ。そのような傍若無人の振る舞いが、いつまでも許されると思うな。成長せねばならぬぞ」 「説教を拝聴しに高天原へ来たのではない」  須佐之男は捨て台詞を吐くと、足を踏み鳴らしながら神殿を出た。  神殿脇では、真白い毛並みの神馬がのんびりと(まぐさ)()んでいたが、須佐之男の気配に顔を上げると、ぶるっと首を震わせ、歯を剝き出した。 「無礼な。馬如きが馬鹿にしおって」  憤怒の表情で近寄る須佐之男に驚いた馬は、前足を上げて棹立ちになったり、後ろ足を蹴り上げたりと暴れ出した。  馬の足元に落ちていた馬糞も蹴り上げられ、放物線を描いて神殿内に落下し、床を汚した。 「忌々しい馬ぞ」  須佐之男は暴れる馬を持ち上げると、力任せに投げ飛ばした。    馬は両足をばたつかせながら、機織(はたお)り小屋に落下した。  不運にも、小屋内で巻き添えを食った機織(はたお)()が命を落としてしまった。  一連の惨事を目にした天照大御神は、堪忍袋の緒を切らした。 「すぐさま高天原から()ね! 二度と顔を見せるでないぞ!」  天岩屋(あまのいわや)に駆け込むや否や、入口の岩戸(いわと)を閉め切った。  神力の強い天照大御神が閉じた戸は、天照大御神の手によってのみ開かれる。どれほどの力を加えようと、外部からは開けることが出来ぬのだ。  無論、須佐之男でも開けられぬ。 「姉上、許して下され。機織り女を(あや)めるつもりなどなかった」  須佐之男が岩戸の外から謝るも、天照大御神の怒りは収まらなかった。  かくして、天上界も地上界も海原も姉弟喧嘩の巻き添えを食うこととなった。  太陽神である天照大御神が身を隠し、世界は暗闇と化したのだ。    高天原はともかく、地上の被害は甚大であった。  食となる作物が育ず枯れ始めた。  生活の場を住み分ける地下の魑魅魍魎(ちみもうりょう)たちは、地上の暗闇に乗じて、地下より這い出て災いをもたらし始めた。  何事ぞ。と心配した八百万(やおよろず)の神々が、天岩屋を望む天安河原(あまのやすかわら)に様子を見にやっていきた。 「天照大御神よ。出てきて下され。須佐之男にはお灸をすえてやりますでな」 「天照大御神よ。我らに免じて、機嫌を直して下され」  入れ代わり立ち代わり岩戸の前で、天照大御神を(なだめ)すかす声が、岩屋の中にも聞こえてくる。  天照大御神は恥ずかしさのあまり、出るに出れなくなってしまった。 「これと言うのも、すべて須佐之男のせいだ。誓約(うけい)などせずに追い返せばよかった」  後悔先に立たず。  途方に暮れた天照大御神は、岩戸の近くに立ち、耳をそばだてて外の様子を伺った。  
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