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神々は大切な場面で誓約をする。
「こうであれば、こうなる」
邇邇芸命の御子であれば、炎の中でも親子は無事である。
「こうでなければ、こうならない」
邇邇芸命の子でなければ、炎の中では親子共々無事ではない。
焼け死ぬのみ。
木花之佐久夜毘売は、炎の中で無事に子を産むことで、邇邇芸命の御子だと証明するつもりだと宣言したのだ。
「そのような危険なこと、ワレが許さぬ!」
取り乱した邇邇芸命は、天つ神の中で最も腕力があり、体の大きな天手力男命に命じた。
「天手力男! 構わぬ! 捕えよ!」
背を向けて産屋に入ろうとする佐久夜に向かって、走り出した邇邇芸命は体を抱き上げられた。
あろうことか、天手力男は佐久夜ではなく、邇邇芸命を捕らえたのだ。
「この馬鹿者! 放せ!」
天手力男の腕の中で手足をジタバタさせる邇邇芸命に、「若。落ち着かれませ」と思金が言った。
天つ神らは、誰も天手力男を叱らなかった。
佐久夜に対しても、言葉を掛けずに頷くばかりであった。
産屋に火が放たれ、炎が上がり始めた。
もはや逃れられぬ状況に至って、天つ神らはようやく言葉を発したが、それはひどく呑気な会話に聞こえた。
「大山津見神の娘だけあって、あっぱれなことよ」
「ええ。見直しました」
「若の見る目は、確かでしたな」
「誠に、誠に」
天つ神らは燃え盛る産屋を前に、佐久夜を感心な娘だとばかりに感想を述べている。
「母子ともに命を落としたらなら、何とする!」
天手力男に抱きすくめられたまま、邇邇芸命が大声を上げた。
言霊を操る天児屋命が、燃え盛る産屋を見つめたまま、落ち着いた声で告げた。
「命落としたらならば、若の御子ではなかった。という事になりましょう」
皇后となった佐久夜毘売は、宿した御子が天照大御神の直系であると、誓約によって証明しようというのだ。
天つ神らは、その心意気を歓迎しこそすれ、止める気など毛頭なかった。
「若、今しばらく小屋に近づいては、なりませぬ。危のうございますれば」
天手力男にとって、邇邇芸命を守るが第一だった。
炎の勢いが収まると、ようやく邇邇芸命の体に回した太い腕をほどいた。
全てを焼き尽くし、黒焦げになった産屋から赤子の声が聞こえた。
「若、おめでとうござりまする」
「まぁ、若が父神になられるのですね」
「さぁ、我々も子を作らねば」
赤子の声に、天つ神らは大いに沸き立った。
佐久夜毘売は甘えるように邇邇芸命に呼びかけた。
「三人の御子の誕生でございます。邇邇芸命の御手が借りとうございます」
「ようやった、ようやった」と、震える声で走り寄る邇邇芸命の背に、言霊を操る天児屋命が告げた。
「平和と繁栄が約束された!」
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