密命

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密命

 伊邪那岐命(イザナギノミコト)伊邪那美命(イザナミノミコト)の神産みで生まれし自然神は、神力も高く、誇り高い。    ゆえに、出雲の大国主命(オオクニヌシノミコト)の国造りでは、追従(ついしょう)せず、知らぬふりを通した。  自然神としての矜持(きょうじ)だ。  高天原(たかまのはら)天照大御神(アマテラスオオミカミ)の統治となれば、話は別だ。  自然神とて、知らぬふりなど出来ぬ。  天孫として降った邇邇芸命(ニニギノミコト)は、自然神を初めとする全ての国つ神に忠誠を誓わせた。  天つ神の命は永遠である。  同様に、自然神の命も永遠である。  半永久的に地上を統治すると思われた天孫一行は、その(ことわり)を断たれた。 「天照大御神の血脈さえ受け継がれれば、問題なかろう」と、天つ神らはその運命を(いさぎよ)く受け入れた。    たが、国つ神らにとって、事はそう単純ではなかった。  綿津見神(ワタツミノカミ)は、伊邪那岐命(イザナギノミコト)伊邪那美命(イザナミノミコト)の神生みで生まれし自然神の一神、海神である。  神力も高く、誇り高い。  海に生きる全ての保護は無論である。潮の流れや波の高さを整え、漁師や航行者の安全にも配慮する。  だが、ひとたび海の神の怒りに触れれば、壮絶な罰が下される。海は荒れ、全てを飲み込む。    綿津見神(ワタツミノカミ)の住まう神殿は、海中に建てられた綿津見宮(わたつみのみや)であり、竜宮(りゅうぐう)と呼ぶ者もいた。  綿津見(ワタツミ)は宮の居室で、赤珊瑚(あかさんご)細工(ざいく)の椅子に座していた。  眉根にシワを寄せたままの思案顔で、時折、唸りともつかぬ声を漏らした。    綿津見の疑念は、いまや確信へと変わりつつある。 (山の神は・・・・・・。大山津見(オオヤマツミ)は、邇邇芸命の(いのち)を限り、娘の産んだ子へ統治権の委譲(いじょう)を、(はか)りおった。)  綿津見は今一度、これまでの流れを追った。  大山津見(オオヤマツミ)は、異る神力を持つ二人の娘を、邇邇芸命に嫁がせた。  共に優れた神力を持つが、容姿には差があった。  婚礼前の誓約(うけい)は、破られることを想定していなかったと云う。  天孫一行の栄光と繁栄を約束するもので、天つ神も承知した。 (誓約(うけい)の裏を読まぬとは、天孫一行は大山津見神を(あなど)ったものよ)  一方の娘と契らず離縁した邇邇芸命は、誓約(うけい)により、限りある命を運命づけられた。  想定外だった。と、大山津見は意気消沈した。 (芝居だ。大山津見は邇邇芸命のに対する強いこだわりを、察しておったに違いあるまい)  並ぶものなき美貌と評判の娘は、邇邇芸命の寵愛を受け、天照大御神の血を受け継ぐ御子を三神産んだ。  抜かりなき誓約(うけい)で、赤子を天照大御神の直系と証明した。 (それとて、大山津見の入れ知恵であったやも知れぬ)  天上の天照大御神の貴き血脈に、国つ神・大山津見(オオヤマツミ)の血を加えた男御子は、次期統治者となる。  大山津見の血脈は、この先途絶えることなく、天照大御神の子孫に受け継がれよう。  永遠の命を持つ大山津見は、永遠に神格を上げ続ける。  綿津見(ワタツミ)は、椅子と揃いの赤珊瑚細工の卓を、両手のひらで強く叩いて立ち上がった。  伏せた顔には不敵な笑いを浮かべていた。 「大山津見よ。ソノタの策を手本としようぞ」  顔を上げ、ひとしきりの高笑いをした後で、綿津見はゆっくりと赤珊瑚の椅子に、腰を戻した。  
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