14人が本棚に入れています
本棚に追加
密命
伊邪那岐命と伊邪那美命の神産みで生まれし自然神は、神力も高く、誇り高い。
ゆえに、出雲の大国主命の国造りでは、追従せず、知らぬふりを通した。
自然神としての矜持だ。
高天原の天照大御神の統治となれば、話は別だ。
自然神とて、知らぬふりなど出来ぬ。
天孫として降った邇邇芸命は、自然神を初めとする全ての国つ神に忠誠を誓わせた。
天つ神の命は永遠である。
同様に、自然神の命も永遠である。
半永久的に地上を統治すると思われた天孫一行は、その理を断たれた。
「天照大御神の血脈さえ受け継がれれば、問題なかろう」と、天つ神らはその運命を潔く受け入れた。
たが、国つ神らにとって、事はそう単純ではなかった。
綿津見神は、伊邪那岐命と伊邪那美命の神生みで生まれし自然神の一神、海神である。
神力も高く、誇り高い。
海に生きる全ての保護は無論である。潮の流れや波の高さを整え、漁師や航行者の安全にも配慮する。
だが、ひとたび海の神の怒りに触れれば、壮絶な罰が下される。海は荒れ、全てを飲み込む。
綿津見神の住まう神殿は、海中に建てられた綿津見宮であり、竜宮と呼ぶ者もいた。
綿津見は宮の居室で、赤珊瑚細工の椅子に座していた。
眉根にシワを寄せたままの思案顔で、時折、唸りともつかぬ声を漏らした。
綿津見の疑念は、いまや確信へと変わりつつある。
(山の神は・・・・・・。大山津見は、邇邇芸命の命を限り、娘の産んだ子へ統治権の委譲を、謀りおった。)
綿津見は今一度、これまでの流れを追った。
大山津見は、異る神力を持つ二人の娘を、邇邇芸命に嫁がせた。
共に優れた神力を持つが、容姿には差があった。
婚礼前の誓約は、破られることを想定していなかったと云う。
天孫一行の栄光と繁栄を約束するもので、天つ神も承知した。
(誓約の裏を読まぬとは、天孫一行は大山津見神を侮ったものよ)
一方の娘と契らず離縁した邇邇芸命は、誓約により、限りある命を運命づけられた。
想定外だった。と、大山津見は意気消沈した。
(芝居だ。大山津見は邇邇芸命の美に対する強いこだわりを、察しておったに違いあるまい)
並ぶものなき美貌と評判の娘は、邇邇芸命の寵愛を受け、天照大御神の血を受け継ぐ御子を三神産んだ。
抜かりなき誓約で、赤子を天照大御神の直系と証明した。
(それとて、大山津見の入れ知恵であったやも知れぬ)
天上の天照大御神の貴き血脈に、国つ神・大山津見の血を加えた男御子は、次期統治者となる。
大山津見の血脈は、この先途絶えることなく、天照大御神の子孫に受け継がれよう。
永遠の命を持つ大山津見は、永遠に神格を上げ続ける。
綿津見は、椅子と揃いの赤珊瑚細工の卓を、両手のひらで強く叩いて立ち上がった。
伏せた顔には不敵な笑いを浮かべていた。
「大山津見よ。ソノタの策を手本としようぞ」
顔を上げ、ひとしきりの高笑いをした後で、綿津見はゆっくりと赤珊瑚の椅子に、腰を戻した。
最初のコメントを投稿しよう!