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海神・綿津見神は密命を下すにあたり、塩椎神が不便無きよう、海辺に仮の住まいを用意した。
仮の住まいを、塩椎は大いに気に入った。
浜を挟んで海原を望む景色は、朝晩問わずに美しかった。
天照大御神が朝夕に演出する、茜色の空と薄青の海。
日中ともなれば、抜けるような青い空と、負けじとばかりに輝く紺碧の海へ、姿は変わる。
満月の夜は、暗い海面に月の光が尾を引くかの如く映る。まるで、月読命の元へ誘う道であるかの如く。
新月の夜は、大小様々な星々の競演といったところであろうか。
海風は心地よく、潮騒の音は疲れた心を癒す。
塩椎は浜辺に立つと、海を前に青空に向かって大きく伸びをした。
視界の左隅に入った若い神は、国つ神とは明らかに異なる雰囲気を醸しているが、海幸彦ではなかった。
下を向いたまま歩いている。探し物だろうか。
塩椎は、声を掛けた。
「どうかなされたか」
顔を上げた若い神は、美しい顔立ちをしていた。
海幸彦同様に、胸に揺れる勾玉の首飾りは明るい緑色で、一つ一つの翡翠は、曇りなく磨き込まれていた。
「天つ神の御子でおられますな。ご挨拶させて頂きますぞ。某は塩椎神。お見知りおきを」
「邇邇芸命の御子、火遠理命です。山幸彦とお呼び下され」
向けられた者を惹き付ける笑顔であった。
だがすぐに、真顔に戻し尋ねた。
「つかぬことをお伺いします。赤い珊瑚細工の釣り針を、見かけてはおりませぬか」
(さて、海幸彦にやった釣り針のことであろうか)
「詳しくお聞かせ下されば、力になれるやも知れませぬぞ」
塩椎は先を促した。
山幸彦は躊躇はしたものの、ぽつりぽつりと経緯を語り始めた。
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