綿津見の宮

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 天つ神・山幸彦(ヤマサチヒコ)から「綿津見神(ワタツミノカミ)に御相談したきことが御座れば」と、本来の目的を告げられた。 「なんであれ、豊玉毘売(トヨタマビメ)と心を通じ合え、ワレはなんと果報者であろうか」と言葉を添える山幸彦は、思いやり深い天つ神なのだろう。  カツ江は豊玉毘売(トヨタマビメ)と共に、山幸彦を神殿に案内した。  神殿入口では、綿津見(ワタツミ)の侍従が出迎えて、豊玉と山幸彦を大広間へと導いた。  豊玉の侍女であるカツ江もお供をした。 「大広間ですの?」と豊玉は侍従に確認した。  カツ江も侍従が勘違いをしているのではないか、と思った。  来訪者を案内するならば、接見の間であろう。  山幸彦はと振り返れば、上を見上げて歩いていた。  神殿の天上を通して見えるのは、海中であり、魚の泳ぐ姿が珍しいようだ。  山幸彦の様子をチラリと見た豊玉は、優しい笑みを浮かべていた。  侍従が大広間の扉を開き、豊玉と山幸彦を室内へ(いざな)った。  すでに宴の支度が整っていた。  馳走を盛った貝皿が所せましと長卓に並べられ、酒も用意されていた。  心地よい楽が奏でられ、たっぷりとした袖の衣を装う踊り子が、ゆったりと舞っていた。  いつの間に集まっていたのか、多くの海つ神も着席していた。  呆気に取られる豊玉と山幸彦を、綿津見神(ワタツミノカミ)が自ら出迎えた。 「これはこれは、ようこそ綿津見宮(わたつのみや)へおいで下された。魚たちから連絡が入りましてな。ささやかながら宴の準備をしてお待ちしておりましたぞ」  綿津見神(ワタツミノカミ)は、上機嫌であった。 「(かたじけ)のうございます。天つ神・邇邇芸命(ニニギノミコト)の御子、火遠理命(ホオリノミコト)でございます。山幸彦(ヤマサチヒコ)とお呼び下され」  豊玉毘売(トヨタマビメ)は、瞳を二度ほど(まばた)かせ、事の成り行きを伺っていた。    綿津見(ワタツミ)は、豊玉と山幸彦の胸元を交互に見比べた。  先ほど、カツ江が取り替えた、勾玉(まがたま)の首飾りに気付いたようだ。  カツ江は天を仰ぐように小さく首を降った。 (まぁ、どうしましょう)  豊玉の胸元は、白珊瑚の中に一つの明るい緑の翡翠の、山幸彦の胸元には、明るい緑の翡翠の中に一つの白珊瑚の首飾りだった。   「ほう」と言って、綿津見(ワタツミ)は山幸彦にニンマリと頷いた。 「若い神々は羨ましいですな。ことなれば、この宴は婚礼の宴としましょうぞ」。  愉快とばかりに、呵々(かか)と笑った。  カツ江は仰天した。  婚礼の宴とは、話が少々早すぎはしないか。 「父神様。これには事情がございまして・・・・・・」  珍しく慌てた豊玉の言葉を(さえぎ)り、「さぁ、お座りあれ」と山幸彦を上座に案内し、豊玉を山幸彦の隣に座らせた。  カツ江はオロオロしながら、豊玉毘売(トヨタマビメ)の後ろに控えた。 「皆の者、若い夫婦を祝福して、我らも幸せにあやかろうぞ!」  綿津見(ワタツミ)が盃を掲げると、招かれていた海神は口々に「(さち)あれ!」と、祝いの盃を飲み干した。  山幸彦はと、盗み見れば、満面(まんめん)の笑みを浮かべて盃を飲み干していた。  海つ神の習わしと、周りに合わせているのだろう。  カツ江は豊玉の真後ろに控えていたので、ヒメの表情を確かめることは出来ない。    豊玉毘売(トヨタマビメ)は背筋をピンと伸ばしたまま、祝いの盃を飲み干していた。
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