天岩戸開き

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 天岩屋前の天安河原(あまのやすかわら)で、他の神々と同様に様子を見守っていた思金神(オモイカネノカミ)は、父・高御産巣日神(タカミムスビノカミ)に呼ばれた。  高御産巣日神(タカミムスビノカミ)天地開闢(てんちかいびゃく)の時に、高天原に成りました造化三神の一神であり、高天原では最も古株の神である。  統治者となった若き天照大御神の相談役を兼ね、実質的に(まつりごと)を担っていた。 「思金よ。『天岩戸開き』の陣頭指揮を執ってみよ。太陽神を長らく不在にさせてはならぬ」 「(うけたまわ)りました。ご期待に背むかぬよう勤めさせて頂きます」  初めて父から任された責任ある役目であり、失敗は許されぬ。  思金(オモイカネ)は、知恵を絞った。 (天岩屋内の天照大御神の興味を引くには、如何すればよいだろうか)  思金はいくつか思いついた手立てを、全て試すことにした。  夜明けを告げる鶏の声、心を穏やかにする祝詞、そして宴である。  時が無い。すぐに準備に取り掛かった。  天照大御神好みの一点ものの神具も(あつら)えることにした。  鏡作りの一人者のである伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)八咫鏡(やたのかがみ)を依頼し、玉祖命(タマノオヤノミコト)八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を依頼した。    次に、日頃より親交のある四神に協力を頼んだ。    天児屋命(アメノコヤネノミコト)言霊(ことだま)による神力の高い神だ。天児屋が言葉を発すると、言葉通りの結果をもたらす。  布刀玉命(フトタマノミコト)。高天原において祭祀を司る神。祭具の考案・作成において優れた能力を持つ。  天宇受売命(アマノウズメノミコト)。舞踏による神力の高い神。天宇受売は舞踏により心を動かすことができる。  天手力男命(アメノタヂカラオノミコト)。高天原で怪力において右にでる神はいない。類まれなる腕力と握力を持つ。  思金が詳細を説明しなくとも、それぞれの神は役割を心得ていた。 「おのおの方。よろしくお頼み申す」  八百万の神が見守る中、天岩戸前の天安河原(あまのやすかわら)で、思金らによる『天岩戸開き』が開始された。  天上界で夜明けを告げる常世長鳴鳥(とこよながなきどり)を、天岩戸の前で一斉に鳴かせた。  八百万の神々は、息をのんで岩戸を見つめるも、ピクリとも動かない。  布刀玉(フトタマ)が、自ら掘り起こしてきた(さかき)の木を手に、天岩戸前に立った。  この榊の木には、伊斯許理度売(イシコリドメ)が作った八咫鏡(やたのかがみ)と、玉祖(タマノオヤ)が作った八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)を掛け、和幣(にぎて)と呼ばれる短冊状の白い布がぶら下げられていた。  布刀玉(フトタマ)に並ぶように、天児屋(アメノコヤネ)が立ち、天照大御神を称賛する祝詞(のりと)を奏上した。  八百万の神々は、息をのんで岩戸を見つめるも、ピクリとも動かない。  思金は天宇受売(アマノウズメ)に頷き、合図を送った。  天宇受売(アマノウズメ)は、岩戸前の伏せられた桶に、豊満な肉体が透けて見える衣装で上がった。  成り行きを見守っていた八百万の神々は、どよめいた。  タンタンと足を踏み鳴らし、時に穏やかに、時に激しく天宇受売(アマノウズメ)は身をくねらした。 トントン、タタタ、ドンドン、ダダーン  肩を交互に幾度か揺するうちに、衣装が滑り、豊かな乳が露わになった。  八百万の神々は、やんややんやの歓声を上げ、場は興奮の渦に包まれた。  天岩戸が僅かに動いた。天照大御神が覗いたようだ。  天宇受売(アマノウズメ)は、思金からの指示通り「天照大御神に代る、新たな太陽神を歓迎いたしまするぅ」と声高に叫んだ。  布刀玉(フトタマ)がここぞとばかりに、榊の木ごと八咫鏡を岩戸の隙間から差し入れた。  鏡に映った我が身を、新しい神と見間違えた天照大御神が、身を乗り出すであろう。というのが、思金の想定だった。  果たしてその通りとなった。  天照大御神は、さらに岩戸を開いて身を乗り出した。  ここからの連係動作は目を見張るものだった。  怪力の天手力男(アメノタヂカラオ)が岩戸の隙間に手を掛けて一気に開き、戸を投げ飛ばすと、天照大御神の手を引いて外に連れ出した。  布刀玉(フトタマ)が天照大御神の後ろに回り込み、入口に注連縄(しめなわ)を張りめぐらせた。  思金は、天照大御神に丁寧に詫びた。 「僭越ではございますが、注連縄(しめなわ)を張り、神聖な場所とさせて頂きましたので、お入り頂くこと叶いませぬ」  思金の父神であり、高天原の重鎮でもある高御産巣日神(タカミムスビノカミ)が、天照大御神の隣に立ち、大きな声で見守っていた神々に宣言した。 「もう少し、祭りを楽しみましょうぞ。天宇受売(アマノウズメ)よ、踊りを続けよ」  二人の後ろに控える思金の耳に、天照大御神が「感謝するぞ」と高御産巣日神(タカミムスビノカミ)に囁やく声が聞こえた。  神々の関心を、天照大御神から祭りに向けさせたことに、礼を言ったようだ。  父が振り向き、思金に「よくやった」とばかりに頷き、微笑んだ。  思金は満面の笑みで、頷きかえした。  天岩戸開きの成功により、思金は高天原の知恵者として存在感を増すことになった。  因みに、弟の須佐之男命は八百万の神々にお灸をすえられ、高天原を追放されたので、この場にいなかった。  
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