許婚

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 高千穂宮(たかちほのみや)内、邇邇芸命(ニニギノミコト)の執務室中央には、会合時に使用する円形の(たく)が置かれていた。  その円卓に、邇邇芸命(ニニギノミコト)思金神(オモイカネノカミ)天児屋命(アメノコヤネノミコト)天宇受売命(アマノウズメノミコト)が座していた。  ここのところ、続けざまに検討案件が発生し、天つ神らが招集されている。  つい先日は、邇邇芸命の御子、こと火照命(ホデリノミコト)と、こと火遠理命(ホオリノミコト)の権力争いであった。  邇邇芸命の正妻であり、兄弟御子の母である木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ)が、天つ神らに仲裁を求めた。  木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤビメ) の言い分は次のようであった。  山幸彦は他者の力を借りている。これでは公平な勝負とは云えぬ。  どうやら、成すすべもなく大敗続きの海幸彦を、哀れに感じたようだ。    天つ神らの考えは違った。  検討の結果、全員一致で相成(あいな)った。  山幸彦は(おのれ)の才覚で、海神・綿津見神(ワタツミノカミ)の信頼を勝ち得て、力を借りた。  見上げたものである。  しかも、綿津見神の娘と婚姻し、子まで成した。  大いなる権威となろう。  その赤子は、全ての威光を体内に秘めることとなる。  天照大御神(アマテラスオオカミ)系、山神系そして海神系。全てを兼ね備えた御子が誕生する。  覇権争いを止めて、海幸彦を立てる利点はなかった。  今回の案件は想定外であり、難しい。 「約束を破って(のぞ)いたは、致し方ない。だが、妻の姿を見て逃げたとは、開いた口が塞がらぬ」  同じ女性神である天宇受売命(アマノウズメノミコト)は、山幸彦の振る舞いを聞いて、怒り心頭であった。 「だが、サメの姿であるぞ。山幸彦の混乱も分からぬではない」  国の統治者であり、山幸彦の父である邇邇芸命(ニニギノミコト)(かば)った。  美しさをこよなく愛する邇邇芸命(ニニギノミコト)だ。  息子の逃げ出した心情が、理解できるようだ。  天宇受売(アマノウズメ)は片眉を上げて、邇邇芸命を見た。 「(わか)に置かれましては、ご理解深きようで・・・・・・」  天孫降臨時の随行神は、いまだに当時の呼び方で邇邇芸命を「(わか)」と呼ぶ。  無論、仲間内においてだが。  かつて、容姿の劣る石長比売(イワナガヒメ)を高千穂宮から追い出した邇邇芸命である。  天宇受売(アマノウズメ)はそれを皮肉った。  思金神(オモイカネノカミ)が軽く咳払いをし、邇邇芸命に助け船を出した。 「今さら山幸彦の振る舞いを(とが)め立てても、仕方あるまい。話し合うは玉依毘売(タマヨリビメ)の待遇ぞ」  海底の綿津見宮(わたつみのみや)から、玉依毘売(タマヨリビメ)が訪れている。  玉依毘売は綿津見神(ワタツミノカミ)の娘であり、山幸彦の赤子を産んだ豊玉毘売(トヨタマビメ)の妹だ。  姉に代って、赤子を育てるとやって来た。  思金(オモイカネ)は一同を見回し、言った。 「綿津見神(ワタツミノカミ)の娘を、乳母(うば)の地位で高千穂宮に(とど)めるは、都合悪かろう」 「山幸彦好みの美しき娘であった。(きさき)に加えては如何(いかが)か」  天宇受売(アマノウズメ)の発言に、天児屋命(アメノコヤネノミコト)も賛同した。 「后とするが、無難であろう。姉妹で嫁ぐは前例なきことでは御座らぬ。待遇としても(よろ)しかろう」  一同の視線が邇邇芸命に向いた。  邇邇芸命が了解すれば、玉依毘売(タマヨリビメ)は山幸彦の后として迎えられる。  邇邇芸命は、首を振った。 「それはやめた方が良い」 「何故(なにゆえ)、若はそう思われます」と思金が尋ねた。  邇邇芸命はチラリと天宇受売(アマノウズメ)を見てから、言った。 「玉依毘売(タマヨリビメ)が子を産む際は、海蛇(うみへび)の姿になるのだぞ。山幸彦は耐えられまい」  天宇受売(アマノウズメ)は、卓を叩いて邇邇芸命を(にら)みつけた。
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