神代最後の恋物語

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神代最後の恋物語

 どこまでも青く晴れ渡る空の下、どこまでも広がる海も青く穏やかで、海面はキラキラと輝いていた。    海上からは時折、幼子(おさなご)の歓声が聞こえる。  幼子は飛沫(しぶき)が顔に掛れば、パチパチと瞬きをしたり、口を大きく開けたり、はしゃいでいた。  海蛇神に姿を変えた玉依毘売(タマヨリビメ)が、その背にウガヤフキアエズを乗せて波間を進んでいた。  天つ神・こと火遠理命(ホオリノミコト)と海つ神・豊玉毘売(トヨタマビメ)の間に生まれたのが、ウガヤフキアエズである。  玉依毘売はウガヤフキアエズの叔母であり、乳母であり、許婚(いいなずけ)であった。 「タマヨリビメ! 今日も大きなサメがおる!」  ウガヤフキアエズが玉依(タマヨリ)に報告する声は、どこかしら得意気だった。  海遊びで、毎回見かける大きなサメを、今日も見つけたようだ。  大きなサメは玉依(タマヨリ)の姉であり、ウガヤフキアエズの母である豊玉毘売(トヨタマビメ)だった。  泳ぐ姿は、八尋(やひろ)大和鰐(おおわに)(サメ)である。  海底の綿津見宮(ワタツノミヤ)からの遠い距離を、我が子見たさで泳ぎくるのだ。    地上の統治者・邇邇芸命(ニニギノミコト)は、孫を海底の綿津見宮へ連れ行くを、禁じた。  水中で姿を変えられぬ天つ神の幼子(おさなご)にとっては、危険である。と許可しなかった。  また、生みの母である豊玉毘売に会わせることも、認めなかった。  如何(いか)なる事情であれ、生まれたばかりの赤子を残して去ったは、(ゆる)されぬようだ。  息子の成長する姿を、海上で垣間見せることまでは、(とが)め立てされなかった。 「八尋(やひろ)大和鰐(おおわに)もウガヤフキアエズのことが、お好きなのでしょうね」  通称名を覚えてもらうため、それとなく言い直した。  姉上は決して近づいてはこないし、名乗りもあげない。  玉依も「御母上なのですよ」と、ウガヤフキアエズに伝えることは、控えていた。  ひとしきり、我が子の姿を眺めると、姉上は遠い海底の綿津見宮へ帰っていく。  (はがね)色の堂々とした体が一度海面に伸びあがると、そのまま沈み込み、水中へ姿を消した。  小さな波しぶきに、「ご機嫌よう」とウガヤフキアエズが可愛い声を張り上げた。  (かたく)なな振る舞いを目にするにつけ、「姉上の子を大切に育て、ワタクシの生涯をかけて(つか)えて参ります」と、玉依(タマヨリ)は心に誓った。  姉上の夫・山幸彦は新たに(きさき)を迎え、御子を(もう)けた。  一生独り身とはいかぬだろう。  ただ、豊玉毘売(トヨタマビメ)の正妻の座と、ウガヤフキアエズの後継者としての地位は揺らがなかった。  海神の娘である玉依毘売(タマヨリビメ)が、許嫁として高千穂宮に住まうからこそ、(おびや)かされずに済んでいるのだろうが。 「八尋(やひろ)大和鰐(おおわに)も海の(みや)へ、お帰りなりました。ワタクシどもも高千穂宮へ戻りましょう」  遊び足りないと頬を膨らます御子を背から落とさぬよう、玉依毘売(タマヨリビメ)はゆっくりと岸に向かって泳いだ。  
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