天の策

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 思金(おもいかね)は天照大御神に一礼すると、今後統治する中つ国に、天岩屋の複製を建造することを献案した。  八百万の神々にとっても、ピンとこなかったようだ。 「はて。天岩屋とな」 「ほれ、昔、天照大御神がへそを曲げたであろう」  天照大御神は、聞こえぬふりをした。  思金は静まるのを待ってから、天岩屋の存在効果と複製を建造する意義について分かりやすく説明を始めた。 「天岩戸の一件は、太陽神なくして、世の中が立ち行かぬことを念押しするに役立ちます」  天照大御神がお隠れになり、暗闇の世となったことで、地上の国々がどのような状態になったかを思い出させ、その重要性を認識させる。  その為にも、天岩屋の複製建造物を設置することは、視覚的にも効果が大きいと説いた。  一旦、会場の反応を確認するかのように見回して、さらに説明を続けた。 「また、脅威となりかねぬ須佐之男命の牽制にもなりましょう。須佐之男命による常軌を逸した振る舞いが、太陽神の神隠れの元凶であったと、語り継がせるのです」  天照大御神は心の中では、苦笑いをしていた。 (常軌を逸した振る舞いというのも、大袈裟ではあろう。弟も気の毒なことだ)  八百万の神々も、「なるほどのう」と感心して頷いている。  進行役の高皇産霊神(タカミムスビノカミ)は、思金の隣で手を上げた神に、身振りで発言の許可を与えた。 「天児屋命(アメノコヤネノミコト)です」  言霊(ことだま)による神力の高い神であり、天岩戸開きの際には、天照大御神を称賛する祝詞を奏上した。  「天岩戸開きの際の祝詞(のりと)を、言霊の宿る祝詞として広めるがよろしいかと」  天照大御神に捧げる祝詞を定めることは、権威付けになると提案した。  天戸開きの際に、天児屋命(アメノコヤネノミコト)が奏上した「ひふみ祝詞」は、いろは47文字の静音を一回ずつ使った遊び心もある祝詞だ。 「ひふみ よいむなや」の出だしは、神事に疎い後世の人々にも聞き覚えがあるはずだ。  次に発言を求めたのは、布刀玉命(フトタマノミコト)だ。  祭祀を司る神であり、天岩戸開きの際には、特別に(あつら)えた(さかき)・勾玉・和幣(にぎて)などの祭具を用意した。 「天照大神を祀るための祭具に、決まり事を儲けて指定してはいかがでしょう。神聖さが増すと思われます」  供える祭具を特定することで、神聖さを際立たせるべきだと提案した。  天宇受売命(アマノウズメノミコト)が、立ち上がると芙蓉の間がざわめいた。  舞踏による神力の高い女神は、天岩戸開きの際に、衣装がはだけて裸になるも踊り続けた。その姿を堪能して以来、八百万の神々からは絶大な人気がある。 「天照大御神に楽しんで頂けた踊りを、中つ国に伝授いたしましょう。神を楽しませるで、神楽(かぐら)と名付けては如何かしら?」 「なんと、見たいものじゃ」 「その神楽とやらを、まずはここで披露しておくれ」  囃し立てる八百万の神々に、天宇受売(アマノウズメ)はニッコリと笑顔を向けた。  天岩戸開きに携わった若い神は、事前に申し合わせていたようだ。  連携した提案説明は、天照大御神のみならず、その場の八百万の神々をも納得させるに充分だった。  地上の中つ国に新たな慣習を広めることは、天照大御神の権威を強調することに繋がる。  天岩屋の再現を手段として用いるとは、考えたものだ。 (なるほどの。消し去りたかった『天岩戸開き』の記憶であったが、権威付けの象徴にするとは)  天照大御神は、「災い転じて福となす」だと苦笑した。  進行役の高御産巣日神(タカミムスビノカミ)が、一同を見回して問うた。 「地上に天岩屋を再現する案に、異存ある者は手を上げてくだされ」 「名案であった」 「よくぞ、思いついた」 「思金は、さすがに知恵の神だのぅ。この先が楽しみじゃ」  満場一致で、天岩屋再現が決定された。 「これにて閉会と致す。思金は残れ」    高御産巣日が閉会を告げると、三々五々と八百万の神が芙蓉の間を後にした。  天照大御神と高御産巣日と思金で、引き続き詳細が話し合われた。  
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