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天孫降臨
邇邇芸命一行が地上へ降る日。
天照大御神や高皇産霊神をはじめ、随行神の家族から八百万の神まで、大勢が高天原神殿に集まり、見送りをした。
邇邇芸命はむろんのこと、随行する神々も戻らぬ覚悟で高天原を後にする。それぞれが家族や友と別れを惜しんでいた。
天照大御神は邇邇芸命の傍らに寄ると、耳元で囁やいた。
「解決できぬ事あらば、八咫鏡でワレに助言を請えばよい」
邇邇芸命に下賜した三種の神器のうち、八咫鏡に特別な術を施したそうだ。鏡に向い呼び掛ければ、鏡越しに天照大御神と話が出来る。後世のビデオコールの機能を持たせた。
「お手を煩わせぬよう致します」
邇邇芸命は心配なさりませぬようにと、天照大御神の手に己の手を重ねた。
「邇邇芸命、そろそろ出立の刻限でござります」と思金神が促した。
思金の言葉を受けた邇邇芸命は、若い神らしく凛とした声で告げた。
「天照大御神、父母神、そして皆々様、お見送り頂きお礼申し上げます。行って参ります」
「しっかり勤めるのじゃぞ」
「思金、頼んだぞ」
「天から見守っておるからな」
最後の別れの言葉が其処此処から掛けられた。中には涙ぐむ老女神もいる。
邇邇芸命を先頭に、一行は神殿を出発した。
この日はあいにく、天と地の間に多くの雲が立ち込めていた。少々視界が悪い。
互いの顔もぼやける中を歩みながら、邇邇芸命は随行する八神との初顔合わせを思い出していた。
祖母である天照大御神から「随行する神々には、若い神を選んだ。ソナタとも話が合おう」と、言われていた。
数人の学友が一行に含まれたかと喜んだが、そうではなかった。
遥か昔に起きたと言われる『天岩戸開き』で、若い神と紹介された随行八神は、すでに活躍していた。神歴でいえば、天照大御神と差ほど違わぬだろう。
天照大御神御自身が、御自分を若い神に分類しているのやもしれぬ。
確かに、皆も見た目は若い。
神歴が短いとは云え、我は天照大御神の孫であり、一行の代表である。全ての権限を持ち、決定権を持つは言うまでもない。
邇邇芸命があれやこれやと考えながら進むうちに、天の八街が見えてきた。地上の葦原中つ国へ向けて、数多の道に分かれる場所である。
その別れ道に、何者かの存在があるようだ。しかし、雲に紛れてはっきりとしなかった。
その姿が薄っすらと見え、こちらを睨みつける目と目が合うなり、邇邇芸命は体がすくみ前に進めなくなった。
「若、如何されたか」
随行の神々が、先頭を歩む邇邇芸命の異変に気付いた。
天の八街に立ちはだかり、こちらを睨みつけている者の容姿は、奇怪であった。
背がすこぶる高く、鼻が異様に長い。鼻の長さは七咫、つまり126cmもあった。
一行を威嚇する目は、丸く飛び出し、赤くヌラヌラと光っていた。
邪視された。
悪意を持って、相手を睨みつけて呪いをかけるのが邪視だ。かけられた者の力が弱ければ、死に至ることさえある。
先頭を歩いていた邇邇芸命は、邪視をまともに受けたため、手足の動きが止まっていた。
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