天孫降臨

1/3

14人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ

天孫降臨

 邇邇芸命(ニニギノミコト)一行が地上へ降る日。  天照大御神(アマテラスオオミカミ)高皇産霊神(タカミムスビノカミ)をはじめ、随行神の家族から八百万(やおよろず)の神まで、大勢が高天原(たかまのはら)神殿に集まり、見送りをした。  邇邇芸命はむろんのこと、随行する神々も戻らぬ覚悟で高天原を後にする。それぞれが家族や友と別れを惜しんでいた。  天照大御神は邇邇芸命の傍らに寄ると、耳元で囁やいた。 「解決できぬ事あらば、八咫鏡(やたのかがみ)でワレに助言を()えばよい」  邇邇芸命に下賜した三種の神器のうち、八咫鏡(やたのかがみ)に特別な術を施したそうだ。鏡に向い呼び掛ければ、鏡越しに天照大御神と話が出来る。後世のビデオコールの機能を持たせた。 「お手を煩わせぬよう致します」  邇邇芸命は心配なさりませぬようにと、天照大御神の手に(おのれ)の手を重ねた。 「邇邇芸命、そろそろ出立(しゅったつ)の刻限でござります」と思金神(オモイカネノカミ)が促した。  思金の言葉を受けた邇邇芸命は、若い神らしく凛とした声で告げた。 「天照大御神、父母神、そして皆々様、お見送り頂きお礼申し上げます。行って参ります」 「しっかり勤めるのじゃぞ」 「思金、頼んだぞ」 「天から見守っておるからな」  最後の別れの言葉が其処此処(そこここ)から掛けられた。中には涙ぐむ老女神もいる。  邇邇芸命を先頭に、一行は神殿を出発した。  この日はあいにく、天と地の間に多くの雲が立ち込めていた。少々視界が悪い。  互いの顔もぼやける中を歩みながら、邇邇芸命は随行する八神との初顔合わせを思い出していた。  祖母である天照大御神から「随行する神々には、若い神を選んだ。ソナタとも話が合おう」と、言われていた。  数人の学友が一行に含まれたかと喜んだが、そうではなかった。  遥か昔に起きたと言われる『天岩戸開き』で、若い神と紹介された随行八神は、すでに活躍していた。神歴でいえば、天照大御神と差ほど違わぬだろう。  天照大御神御自身が、御自分を若い神に分類しているのやもしれぬ。  確かに、皆も見た目は若い。  神歴が短いとは云え、(われ)は天照大御神の孫であり、一行の代表である。全ての権限を持ち、決定権を持つは言うまでもない。  邇邇芸命があれやこれやと考えながら進むうちに、(あま)八街(やちまた)が見えてきた。地上の葦原(あしはら)中つ国へ向けて、数多(あまた)の道に分かれる場所である。  その別れ道に、何者かの存在があるようだ。しかし、雲に紛れてはっきりとしなかった。 105953ac-de34-481a-8549-db78cc63c187  その姿が薄っすらと見え、こちらを睨みつける目と目が合うなり、邇邇芸命は体がすくみ前に進めなくなった。 「(わか)如何(いかが)されたか」  随行の神々が、先頭を歩む邇邇芸命の異変に気付いた。  (あま)八街(やちまた)に立ちはだかり、こちらを睨みつけている者の容姿は、奇怪(きっかい)であった。  背がすこぶる高く、鼻が異様に長い。鼻の長さは七咫(ななあた)、つまり126cmもあった。  一行を威嚇する目は、丸く飛び出し、赤くヌラヌラと光っていた。  邪視された。  悪意を持って、相手を睨みつけて呪いをかけるのが邪視だ。かけられた者の力が弱ければ、死に至ることさえある。  先頭を歩いていた邇邇芸命は、邪視をまともに受けたため、手足の動きが止まっていた。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加