天岩戸開き

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天岩戸開き

 神力の高い神であれば、姉弟喧嘩であっても大ごとになる。  若き日の天照大御神(アマテラスオオミカミ)須佐之男命(スサノオノミコト)の姉弟喧嘩は、後世に「天岩戸(あまのいわと)神話」として伝えられるほど、周囲を翻弄した。  混沌とした世界が天と地に分かれし時、天上の高天原に造化三神(ぞうかさんしん)が現れ、次いで神代七代(かみよななよ)が現れた。    神代七代(かみよななよ)の最終組である伊邪那岐命(イザナギノミコト)伊邪那美命(イザナミノミコト)夫婦は、高天原の天浮橋に立ち、下界に広がる混沌とした海に天沼矛(あめのぬぼこ)降ろし掻き混ぜ、引き上げた(ほこ)からしたたる潮で、日本列島を造った。  夫婦は地に(くだ)りて、多くの神々を産む。  伊邪那岐・伊邪那美夫婦は、この功に寄り、天上界で確たる地位を築いた。  天照大御神と須佐之男命は共に、夫婦の御子である。    伊邪那岐は我が子の内より特に優れた三人に、それぞれの世を統治させることとした。  天上の高天原は天照大御神に、夜の食国(おすくに)は弟・月読命(ツクヨミノミコト)に、海原は末弟・須佐之男命(スサノオノミコト)に治めるよう命じた。  天照大御神と月読命は、速やかに父の元を離れ、命じられた世の統治に取り組んだが、須佐之男命はその限りではなかった。  己のこだわりを捨てず、命に従わなかった。  伊邪那岐は須佐之男を勘当した。    父の元を追放された須佐之男が、まず向かったのは高天原の姉・天照大御神の元だ。  しばし姉の元へ身を寄せ、父神への取り成しを願う算段であった。  頼み事をするのであれば、あくまでも謙虚な姿勢で出向くのは礼儀であろう。  ところが、須佐之男は配慮に欠けていた。  我が身を嘆くあまり、負の感情を放出しながら高天原へ向かった。  当時の須佐之男にとっては、感情によって自ずと放たれる力を、上手く制御できなかったこともある。  悪気は無いとは云え、須佐之男の負の感情は、破壊力を伴った雷鳴や暴風を辺りにまき散らした。  天照大御神は、まるで己の力を誇示するように向かい来る、弟の真意を測り兼ねた。と共に、一段と威力を増した弟の荒ぶる力に脅威さえ感じた。  久しぶりの姉弟の再会であっても、迎える言葉も顔付きも自然ときつくなった。 「須佐之男命よ。何用あっての訪問か。高天原に害成すなら、立ち入ることならぬぞ」  姉の剣幕に驚いた須佐之男は、慌てて荒ぶる力を治めた。 「これは失礼致した。他意はござらん。姉上においては、元気そうで何より」  大きな体を縮めるようにして愛想笑いをする弟は、如何にも怪しい。  天照大御神は探るような目つきで弟を睨んだ。  弟は姉から目を逸らさずに、考えを巡らせていた。   「相分かった、姉上。それでは、誓約(うけい)を致そう」  誓約(うけい)とは、あらかじめ宣言し、宣言通りになるかどうかで成否を判断することだ。  熱湯に手を入れ、火傷しないことが身の潔白。など重々しいもの。  あの花を咲かせて、ワタクシの愛を証明してみせる。など他愛ないもの。  神々の間では、疑いを晴らすために誓約(うけい)を行う。    須佐之男は、姉弟のどちらが相手を思いやっているかを明確にしようと申し出た。  姉・天照大御神を慕う(おのれ)が、害成すはずがない。と言いたいようだ。  互いの所持品から子を産み、産まれた男女の神数で判断することになった。女神が多ければ、母性つまり慕う心が強いと見なす。  天照大御神としては、あまり気乗りがしなかったが、 (弟がどれほどワレを慕っているのか、知るのも悪くはない)と承知した。  須佐之男は十挙剣(とつかのつるぎ)を、天照大御神は身を飾っていた勾玉を、互いに差し出した。  姉弟は、互いに相手から受け取った品を、天真名井(あめのまない)の水で清めた。  互いに見つめ合い、頷く。  天照大御神が、弟の十挙剣を嚙み砕き吹き出した。  須佐之男命が、姉の勾玉を嚙み砕き吹き出した。  嚙み砕いた剣からは、三人の女神を産まれた。  噛み砕いた勾玉からは、五人の男神が産まれた。 「姉上、ご覧になったか!」  大喜びした須佐之男は、感情を爆発させた。瞬間的に放出された力は、周囲の木をなぎ倒し、川の水を逆流させた。  天照大御神は苦虫を潰したような顔で、辺りの惨状を見回した。  この時に須佐之男の剣から生まれたのが、後の宗像三女神だ。  一方、天照大御神の勾玉から生まれたのが、天孫降臨をする邇邇芸命の父・天忍穗耳命(アメノオシホミミノミコト)や、国譲り後に出雲大社にて大国主命を見守る天菩比神(アメノホヒノカミ)らだった。    
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