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大きなキャンバスの前に、小さな筆一本で立つお兄ちゃんがいた。左手にはパレット、足元にはバケツ。キャンバスは真っ白で、まだ何も描かれていない。その後ろ姿は途方に暮れているようにも見えるし、好奇心に満ちているようにも見える。
しばらくすると、弟がバケツを抱えて走ってきた。両手で抱えるのも大変そうなのに、楽しそうに走ってきた。お兄ちゃんがチラリと弟の方を見て、ひとことふたこと交わすと、また元来た道を戻って行った。何往復か繰り返しているうちに、キャンバスの足元はバケツやらバケツからこぼれた筆や絵の具らしきものでいっぱいになっている。そのうちお兄ちゃんまで走り出して、たくさんの絵画道具がキャンバスの前に運ばれてきた。
笑い声が聞こえてくる。
いつの間にか、ふたりが彩り豊かになっている。キャンバスがふたりの手型とシルエットで色づきはじめ、マーブル状だったりモヤ状だったりになって、まるでキャンバスが彼らの笑い声のようだと思った。
「昨日は、この色がよかったの!」
笑い声の隙間から、ケンカ声が聞こえた。
「昨日は、この色がいいと思ったの!」
それから泣き声に変わり、キャンバスに乗る色が変わりはじめた。
「今日は、この色嫌!思ってたのと違う!昨日は好きだったの・・・」
雨が降りはじめた。横殴りの雨。
ふたりが持ってきたバケツに、走り回りながら雨水を溜めはじめたふたり。
キャンバスは、すっかり涙を流していて、しばらくしたらまた真っ白に戻っていた。そのかわり、キャンバスの足元が、マーブル状の、まるで湖。
マーブル状の湖上に浮かぶ真っ白なキャンバス。
湖の浜辺には、ふたりとボートの姿。
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